鞄に二冊

少しでも空き時間ができると、本が読みたくなる。

「葬儀屋 百合の事件簿」

  • 生田悠理「葬儀屋 百合の事件簿」(オフィス漫)

紙版はあおば出版より2006年7月15日刊。kindle版も同日発売。ちょっと不思議。

短編集。「葬儀屋 百合の事件簿」シリーズは全3話。ほか「さくらのした」「夜歩く」「憑いてるふたり」所収。

水元百合は父親の運営する葬儀社を手伝っている、26歳独身。大和恭一は近所に住む幼なじみで刑事。葬儀というのは人の死を見送ることだが、人の生死にはさまざまなドラマがあって……百合の視点でそれらを眺めたシリーズ。シリーズといっても3話で終わりだけど。

ミステリー&サスペンスが絶妙に配分されている傑作だ。僕が生田悠理の作品で最初に読んだものであり、本作を読んで、この著者の作品をいろいろ読んでみようという気になったのだ。

葬儀社を舞台にする設定はとてもよかった。できれば続編を描いてほしい。



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「サクラサク」

連作短編集。全4話。2018年12月7日刊。紙版はないようだ。「たのしいわがや」と同日なのはどういう意味があるのだろうか?

ホラー&サスペンスでも、ラブストーリーでもない。ヒューマンストーリーというべきか、ショタものというべきか。そして、とても面白い。最終話なんてほろりとしちゃったよ。

椿は受験のために上京。椿には、東京に住む姉がいる。2歳の時に別れ、その後16年会うことのなかった(両親が離婚し、それぞれに引き取られたため)が、上京した時に、せっかくだからと会いに行った。

ほとんど初対面の姉は、母亡き後下宿「あおば荘」を引き継いで営んでおり、いつの間にか椿も東京滞在中はホテルではなくここで暮らすことになる。ほとんど初対面の姉は、美人で独身で明るく面倒見がよい肝っ玉母さん。孤独で内向的だった椿は、姉と触れ合ううちに心が変わっていく……

がさつだが明るい姉と内向的な弟、という組み合わせはありがちだが、エピソードはユニーク。笑いと涙がうまく同居している。傑作だ。



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「たのしいわがや」

  • 生田悠理「たのしいわがや」(オフィス漫)

短編集。「たのしいわがや」「あの空はきみのもの」「晴れたらきみの空」「セカンドリング」の4編所収。2018年12月7日刊。紙版はないようだ。

ラブストーリー。おお、生田悠理はホラー&サスペンスだけでなく、こうした作品も描くのか。目が外人ぽいが、すべて舞台は日本。まあ、自分が期待している生田悠理らしさはないが、それなりにひとつひとつよくできた話である。

この中では「セカンドリング」が一番よかったかな。19歳で結婚し20歳で別れたが、その5年後、同じ人と再び出会う話。結婚は若過ぎてもうまくいかないよなあ。「家庭」や「生活」が肩にのしかかっても大丈夫であるには、精神的にも経済的にも、ある一定の水準以上であることが求められると思う。それが足りなければ嫌いじゃなくても破綻する。それらがある程度備わった時に、もう一度同じ相手を選ぶというのはなかなか素敵な話である。



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「ミステリと言う勿れ」1

  • 田村由美「ミステリと言う勿れ」1(フラワーコミックスアルファ)

月刊フラワーズ」2017年1月号および2018年1月号掲載。単行本は2018年1月10日刊。

最初のきっかけは広告だと思うがはっきりとは覚えていない。田村由美はかなり著名で実績のある漫画家らしいがその名をそれまで聞いたことがなかった。何かのきっかけで本作を読み、たちまち夢中になり、7巻までを大人買いした。なぜ7巻までかというと、その時7巻までしか発売されていなかったからだ。だからそれは一昨年の9月以降、昨年3月までの間の出来事だ。

とにかく面白くて、もちろん早々に本ブログで取り上げたかったが、その面白さをどう言語化すればよいのかずっと迷っていた。いずれタイミングがきたらと考えているうちに日が経ち、今日になってしまった。その後、菅田将暉主演で実写ドラマ化されることになり、今日がその初回放映の日である。もちろんドラマは楽しみにしているのだが、ドラマを見てしまうと漫画を読んだ時の感想が変わってしまう可能性があるため、見る前に書かなければと思ってこうしてノートに向かっている。

ミステリーである。第一巻には「寒河江健殺人事件」と「バスジャック事件」が途中まで掲載されている。

寒河江健殺人事件」は主人公出る久能整(くのう・ととのう)くんが殺人事件の容疑者として警察署に連れていかれるところからスタートする。本人はやっていないので無罪を主張するが聞いてもらえない。そのような身動きの取れない中で、事件の謎を解いていく。アームチェア・ディテクティブの一種であるが、通常の安楽椅子探偵より縛りがきつい。探偵が実は犯人でしたというミステリーは思い浮かぶものがあるが、犯人とされた人物が、身の証を立てるために、部屋から出られず外部と連絡も取れず、それで真相を解明するというなかなかすごい話である。

まずミステリーがしっかりできている点が魅力の第一である。ちゃんと本格である(ここでは「本格」の定義は言及しないが)。読者や関係者が、これが真相だったかとほっとしたところで、さらにどんでん返しがある構図は、驚かされる。

しかしなんといっても本作の魅力は、整くんの「話」にある。単なるおしゃべりとも違う。とにかく彼は語るのである。第一話に関していえば、ゴミの出し方、子供のしつけ、女性社員の役割。独特の視点から、言われてみればなるほどという妙な説得力のある筋立てで話す、その内容が面白いのだ。

真犯人がわかったあとで、真犯人を苦しめるような追求は少々やり過ぎの感がなくもなく、周囲から止められるが、そもそも冤罪で警察署まで連れて来られて何日も留め置かれた。そのため授業は欠席させられ予約していた美容院と歯医者はブッチさせられた。そのことに対して彼は怒っていたのだ。そういう意味では爽快感もある。

漫画作品で「ミステリーもの」の傑作は、野間美由紀の一連の作品を除いては思い浮かぶものがない。本作はミステリー漫画の歴史に貴重な足跡を残すのではないか。

初出一覧

No. タイトル 掲載誌
Episode 1 犯人は一人だけ 月刊フラワーズ2017年1月号
Episode 2 会話する犯人 月刊フラワーズ2018年1月号


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「ミステリーホテル」

  • 生田悠理「ミステリーホテル」(オフィス漫)

ホテル・ファンタジアで起こる不思議な出来事を綴った連作短編集。全13話。2007年5月16日刊。紙の本はあおば出版から同日刊(これはとても珍しいパターンだと思うが)。

暎子と真弓は小学校以来の友人で大学も一緒だった。卒業後数年、同窓会に出席した暎子は、夫の勤め先が経営破綻したため離婚した直後で、真弓は夫が異例の出世を果たしていた。真弓に見下されているように感じた暎子は、真弓の夫を奪ってやろうと考え……

意外などんでん返しの連続。ひとつひとつの話は短いために無駄がなく、テンポがよいのがいい。ミステリー&サスペンスの秀作。



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「DOORS」

  • 生田悠理「DOORS」(コミックメロウ)

短編集。表題作と「ごらん、あれが月の船」「結婚詐欺師に口づけを」の三編所収。2016年4月29日刊。

主人公は夫・修二とお腹の中の子の三人で郊外の一戸建てで暮らしている。生まれてくる子を待ち、幸せな日を送っているが、ある日、隣家の奥さんの浮気現場を目撃してしまう。大事になる前にやめさせた方がいいと、忠告するが、聞き入れてもらえず……

「閉ざされたそのドアの向こうにどんな暮らしがあるのか、外からでは何も見えない」というモノローグで始まるが、まさにドアの向こうで何が起きているかわかっていない人たちのすれ違いぶりが大事件に発展していく。傑作の部類に入るだろう。



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「EYES」

  • 生田悠理「EYES」(オフィス漫)

EYES

EYES

Amazon

短編集。表題作と「キミがTVスターなら」所収。

2018年12月7日刊と思われるが、奥付に「©Yori Ikuta, 2013」とある2013の意味が不明。

亜月亮山内規子の本を検索したら生田悠理の著書がお薦めに表示されるようになった。Wikipediaもないので詳細は不明だが、Amazonの作品リストを見ると、メインは実録ものなのかと思うが、それ以外にサスペンス系の作品も書いているようである。というわけでその中の一品。

事故により視力を失っていたモーリは、角膜移植手術を受け、光を取り戻した。だが、赤い色を見ると発作に襲われるようになる。角膜には、角膜提供者の「記憶」が焼き付いていた。実は、角膜提供者は殺されていて……という展開。

犯人はだいたい想像がつくのに、主人公が危険なエリアに能天気に踏み込む辺りはややご都合主義を感じさせるが、セリフや立ち回りに格好いいところがあり、飽きさせない。

角膜に持ち主が見た光景が焼き付けられる、というのは手塚治虫にも類例がある。現実にはあり得ないのだろうが、なんとなく、あってもおかしくないと思える点が、漫画のネタとして絶妙というところであろうか。

ミステリー&サスペンスの佳作。


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