鞄に二冊

少しでも空き時間ができると、本が読みたくなる。

「ピアノ・サンド」

単行本は2003年12月1日刊。文庫本は2006年11月15日刊。

蔵書の再読と言いたいところだが、蔵書ではあるのだが読んだ記憶が全くない。つんどくも確かに多いけど、新刊で買っておいて、しかも、いかにも(タイトルや装丁が)自分が買いそうな本なのに、全く読まないなどということがあるだろうか。買って20年経っていない。いくらなんでも読んだら何かしら記憶に残りそうだがまるっと忘れてしまったのだろうか。

「ピアノ・サンド」「ブラック・ジャム」「方南町の空」の三編収録。「方南町の空」はあとがきとなっているが、これはこれで一編の掌編を読んでいるような内容なので、ここでは三編としておく。

「ピアノ・サンド」「ブラック・ジャム」は大人の女性の恋が描かれる。繊細な心理の描きようはとてもよい。しかし、どちらの人物にも、もう少し男を見る目を養うよう忠告したい。ダメンズの素質がある。



漫画・コミックランキング

「ヘンな間取り」

2014年7月31日刊。

雨穴の小説のブームに乗っかった便乗本かと思ったが、発行日を確認するとこちらの方がずっと前。真面目な(?)ヘンな間取りの本だ。

問題があると思われる間取りを取り上げ、どこがおかしいかをひたすら指摘する本。とはいえ、都心では狭い土地に無理に家を建てるため、どうしても歪つな形になったり、間取りに無理ができたりする。また、「この部屋は周囲がすべて壁でドアがなく、どこからも入れない!」のような間取りがいくつも取り上げられていたが、これは恐らくドアを塗りつぶしてしまう表記ミス。あってはならないことのようだが、物件案内をこまめに見ていると、実はこの手の間取り図のミスは意外に目につく。

ほとんどがこの類の「ヘン」なので、間取り図ではなく、解説のツッコミで笑わせることになる。まあ、すべてが鋭いツッコミにはなっていないと言っておこう。自分は割と間取り図を見るのは好きなので、面白く読んだ。



漫画・コミックランキング

「変な家2 ~11の間取り図~」

  • 雨穴「変な家2 ~11の間取り図~」(飛鳥新社

2013年12月15日刊。満を持しての続編。

前作が話題になったため、たびたび相談が持ち込まれるようになり……という、本当にあった案件のような体を取っている。その数は11。当初は11の短編小説なのかと思ったが、そうではなく、全部つながった話だった。

個々の話は完結しない。「え、結局どういうこと?」という不完全消化のまま次の話になる。また、同じ会社名や同じ状況が繰り返されるため、これらはつながった話で、最後に解決するんだな、ということは早々に気付く。とはいえ、これだけバラバラな話がどう決着がつくのかハラハラしながら読み進めると、最後は見事に筋の通った謎解きがなされる。この手法は「変な絵」と同様。よく考えれば荒唐無稽な話なのだが、そこへ一気に話を持っていく剛腕さは、さすがは雨穴ならではの手腕だろう。

書き方は戯曲風というか、地の文もあるのだが、会話が始まると会話の主の名がいちいち明記され、カギ括弧がつかない。これは前作もそうだった。「変な絵」はそんなことはないから、作者の書き癖というわけではない。意図的に書き方を変えたのだろう。出版社の意向かも知れない。小説としてはどうかと思わなくもないが、こちらの方がわかりやすいのは間違いない。

過去記事



漫画・コミックランキング

「よろず一夜のミステリー 水の記憶」

  • 篠原美季「よろず一夜のミステリー 水の記憶」(新潮文庫

2012年4月1日刊、文庫書き下ろし。

蔵書の再読、のはずなのだが、読んだ覚えが全くない。つんどくだったか……とも思うが、「青春ミステリー」など、そもそも自分が買いそうな本には思えず、古書ならまだしも、なぜ新刊でこの本を買ったのか不思議。

裏表紙には次のように記されている。

大学生の日比野恵がアルバイトを始めたのは、都市伝説などを扱う不思議系サイト「よろず一夜のミステリー」。ある日、そこに不穏な投稿が寄せられた。「呪い水で、人を殺せるって、知ってる?」――時を同じくして、怪死事件が発生。青年社長の万木輝一(ゆるぎ・てるかず)やサイエンスライターの蓮城万聖(れんじょう・まさと)など、個性派ぞろいのチーム「よろいち」が真相究明に挑む、書き下ろし青春<怪>ミステリー開幕!

ミステリーとしては、謎が完全に解決したようには思えず、ちょっとモヤモヤする。シリーズ化が既に決まっているようだが、主人公をはじめ、各キャラクターがさほど魅力的ではない。作者はファンタジー畑の人だそうで、さまりなんという感じではあるが、登場人物の名前が読めない、覚えられない。

けなしてばかりだけど、面白くなくはなかった。ただ、続編を読むかと言えば、その気は起きない。



漫画・コミックランキング

「遺言状のオイシイ罠」

  • 山田健「遺言状のオイシイ罠」(ハルキ文庫)

単行本は2007年3月24日、「東京・自然農園物語」という題で草思社刊。文庫本は2009年5月1日刊。

蔵書の再読と言いたいのだが、これもつんどくだった模様。このような本を持っていることすら認識がなかった。だから中身は全く知らない。ミステリーと思い込んで読み始めたが、いつまでたっても誰も死なない。巻末の解説を読んだら、そういう本ではなかった。

都会の一等地に4000坪の農地を持っていたじいさんが死んだ。天涯孤独の身の上で、資産はどうなることか注目されたが、このじいさんは格安アパートの経営も行なっており、そこに住む店子4人に土地を譲るという遺言状が残されていた。ただし、堆肥を使用した有機農業を最低5年続けることを条件として――

そしてヤクザの渡辺仁、ホステスの寺林まさみ、学生の大関直也、「ぼく」ことコピーライターの山川健は、これまで経験のなかった農業(それも農薬を使わない有機農法)に取り組むことになる。その顛末記。

当初は、とにかく農業をやっているふりだけして、土地を手に入れたらさっさと売っぱらって悠々自適の生活を送るつもりで四人は一致していた。が、やっているうちに農業の面白さに目覚め、自分たちの作った作物への愛に目覚め、それをおいしいと言って買ってくれる近所の人たちへの愛に目覚めていく。

専門家の指導を受けるでもなく、本に書いてあることを鵜呑みにしてやってみるだけでこんなにうまくいくもんかとは思うが(もちろん、作中彼らは何度も大きな失敗をするが)、作者の農業への愛にあふれたファンタジーということなのだろう。基本的にはドタバタコメディーで、エピソードの描き方がうまい。

一緒に仕事をしているうちに、なんとなく渡辺とまさにが仲良くなっていく様子が描かれている。また、「ぼく」がまさみにクラっとする時もある。が、本作ではロマンスは全く描かれない。自分としては物足りないが、農業に従事ずることに的を絞ったのはいい判断だっただろう。



漫画・コミックランキング

「愛才」

単行本は2000年2月1日刊。文庫本は2003年12月1日刊。「初の書き下ろし長編」と銘打たれているが、小説としては「鎌倉ペンション物語」「ヴァンカンサン・結婚」に次いで三作目。

蔵書の再読と言いたいのだが、このような本を持っていたことすら記憶になく、中身は全く知らない。つんどくだったのだと思うが、そもそも今回の大河ドラマ「光る君へ」を見るまで大石静になど興味がなかったはずで、なんで買ったのかも謎。古書ならまだわからなくもないが、新刊で買っている。

それはともかく。

物語は森本という男の視点で語られる。森本の妻、奈子は夫のことを「おとうさん」と呼び、性交を拒否。一方、奈子は水野という役者に恋をした。これまでにも恋人(愛人?)がいたことはあったが、奈子は水野に本気で惚れ込み、入れあげるようになった。この破滅的な恋の行方は……

既婚者なのに別の男を好きになること、その存在を夫にあけすけに話すことまでは理解できるが、夫との肉体的な接触を拒否するところは納得がいかない。嫌いになったのではなく、依然として愛しており、生涯を共にするつもりでいるのに。

物語の終盤、水野は破滅するが奈子は破滅せず、新しい恋をする。語り部の森本は、いずれ壊れる気がする。それとも、もうとっくに壊れているのか?


漫画・コミックランキング

「月魚」

単行本は2001年5月刊。文庫本は2004年5月25日刊。連作短編集三編収録、というか、長編(中編かな)一編に極短編二編というべきか。

古書店「無窮堂」を営む本田真志喜と古書の仕入れ業を営む瀬名垣太一の二人の物語。真志喜の父親はある事件を契機に家を出て行ってしまい、以後真志喜は祖父に育てられる。父親が出て行くきっかけを作ったのは瀬名垣。二人は不思議な友情と罪悪感と劣等意識で結ばれている。

ある地方の民家へ買い付けに行った瀬名垣と本田は、やはり古書店を営んでいた父親と邂逅する……

瀬名垣と本田の関係は、友情か愛か。幼なじみの女性は登場するが、母や祖母などは登場せず。基本的には女性不在の物語である。陳腐だが今風の表現を使えばBL小説ということになるか。

父が家を出たのは、自分の父(真志喜の祖父)に対する愛情や、真志喜に対する嫉妬や、仕事に対するプライドなどが複雑に混じり合っているのだろうが、素直に考えて成人前の子の育児を放棄するなど無責任極まりない、としか言いようがない。再会後も「俺を探してくれなかった、同じ古書業界にいるのだから、探せばすぐに見つかったはず」などと言い出すとは呆れるばかりの幼児性だ。

このタイプの小説には一定の約束事があるのだろうか? 普通の小説として読む限りでは、父親に限らず、キャラクター造形がどことなくずれている(人物がまともではない)ように思われる。

古書業界の内幕については「ビブリア古書堂の事件手帖」を読んでいたから、すんなりと入って行かれた。