鞄に二冊

少しでも空き時間ができると、本が読みたくなる。

「江川と西本」12

1981年の沢村賞騒動はよーく覚えている。改めてここに書かなくても本書を読めばわかるというところだが、要点を記すと、この年の江川・西本の成績は次の通り。

名前 勝率 完投 完封 奪三振 防御率
江川卓 20 6 .769 20 7 221 2.29
西本聖 18 12 .600 14 3 126 2.58

西本も確かに好成績ではあるのだが、すべてにおいて江川が凌駕した。ところが不思議なことに沢村賞は西本になったのである。当時の選出方法は記者の投票で、「江川問題」が投票に影響を与えたのだろうと思われた。江川はショックだったろうが、西本だって困っただろう(受賞を辞退しろという抗議が相次いだとか)。

ここまでは知っていたのだが、その夜、江川が西本に電話したことは知らなかった。針のムシロの西本に対し、江川は「4月、5月にオマエが頑張ったからうちは優勝できたんだ。オレのことは気にせず、ありがたくもらっておけよ」というようなことを言ったそうである。なんという素晴らしい人間であることか! 

だいたい漫画に登場する江川は傲慢でおちゃらけていてふざけた人間である的な、ステロタイプに描かれることが多いが、このエピソードに限らず、本作では人間・江川に迫る描き方をしていて、一般に思われている江川に対する誤解をていねいに解き剥がそうとする姿勢が好ましい。江川の入団にまつわるトラブルも、大人たちが突っ走ってしまったことを、当の本人とはいえ、学生である江川一人がどうしようもなかったことをていねいに描いている(4~5巻)。

それにしても、これで完結とは残念だ。なぜ1981年で終わりなのだろう。1983年の日本シリーズでの江川・西本の投げ合いは今でも記憶に残っているもので、そこまでは描いてほしかった。江川が引退するまで描いてもよかったし、江川の引退後、西本が初めて20勝を達成し、通算勝利数で江川を抜くシーンなんかまさに「見せ所」ではなかったかと思うが、タイトルは「江川と西本」でも、そして主に西本の視点から語られる物語であっても、あくまで主人公は江川。江川のキャリアハイの1981年で終わりにしたということか。

(2019/10/10 記)


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