- バーネット、奈街三郎訳「小公子」(少年少女世界の文学)
子供の頃に読んだことがあったが、どんな話かすっかり忘れていた。実に面白かった。
セドリックは母親と二人、アメリカつましく暮らしている、親切で心優しい少年。ある日、絶縁していたはずの祖父から突然跡継ぎに指名された。祖父はイギリスの貴族で大富豪。とてつもないシンデレラボーイになったのだ。
祖父であるドリンコート伯爵は頑固で、冷血で、癇癪持ちで、自己中心を絵にかいた人物。アメリカやアメリカ人を憎み、アメリカ娘と結婚した息子を勘当したが、上の子が次々と亡くなり、他に係累がないことから、跡継ぎがセドリックしかなくなったわけ。セドリックはイギリスへ行き、フォントルロイとなる。
まさか血のつながった祖父が、冷血漢で、自分の母親を憎んでいるとは知らないフォントルロイは、祖父を敬愛し、かわいい孫にほだされ、ドリンコート伯爵が次第に人間らしい情を身に付けて行くという物語。
伯爵は、誰が苦しもうがどうでもいいのだが、フォントルロイの目には伯爵の行動はすべて他人を救うためのものだと映る。伯爵は孫にせがまれて救済策を打ち出すが、すべてはフォントルロイの指示であると伝えるよう念を押す。領民の間でフォントルロイは大人気で、熱く支持されるが、フォントルロイは、そうした声援はすべて祖父に対するものだと思い込み、自分もいつかはおじいさまのように人に好かれる人間になりたいなどと願う。こうした伯爵とフォントルロイのやりとりは、まさに掛け合い漫才である。面白くて仕方ない。
記憶にあったシーンが二カ所ある。伯爵が孫に自分の広大な領地を見せ、これはやがてお前のものになるのだと説く。フォントルロイは驚いて訊く。
「それはいつですか」
「わしが死ねばすぐにだ」
「じゃあ、ぼく、いりません」
フォントルロイは、財産よりも祖父に長生きしてほしいのだ。それから、物語の終盤で、伯爵が、フォントルロイの母親をアメリカ娘であるというだけで憎んできたが、孫をここまで育てたのは彼女の力が大きいことに気付き、和解しようとする……が、直接には話しかけない。フォントルロイに「お母さまが、いつお城に来てくれるか、聞いてごらん」とフォントルロイをけしかけるのである。
こうした芝居がかったシーンも印象に残るところだ。
しかし、自分の知っているイギリス貴族は、産業革命以降は収入は減る一方、しかし家格を保つための経費はかかり、財政は火の車(そのためアメリカの成金と息子や娘を結婚させたりする)という印象が強いが、本作が発表された1886年(明治19年)はまだ没落前なのだろうか? 同時代(というより少しあとの時代)の作品であるホームズ物には、こうした没落貴族がしばしば登場するが……
(2019/11/29 記)