鞄に二冊

少しでも空き時間ができると、本が読みたくなる。

「1・2の三四郎」プロレス編(その6)ギャグ編

小林まことのギャグの特長は、特にラグビー編・柔道編においては、「絵で笑わせる」点にあった。すべてがそうではないが、そういうものが多かった。

例えばオープニング。1巻の1ページ目。三四郎がものすごいスピードで走っている、む、と横を向く、電信柱にぶつかる。あた、と叫ぶがそのまま走り去っていく、走り去ったあとに壁を見るとポルノ映画のポスターが貼ってある。引き込まれ、思わずニヤリとするシーンだが、説明は何もない。

三四郎が志乃にラグビー部をやめた理由を訊かれ、じつは……と真面目な顔をして話そうとした瞬間にボールがぶつかる。あるいは、おれはこれから柔道部へ行くからついてくるな、といって軽々と柵を飛び越えて去ってしまう……実は穴に落ちている、とか。これらはある意味では漫才などでは定番のパターンかも知れないが、漫画のキャラクターにきちんと演技をさせた点は評価に値する。

のちに定番となる、口を横に大きく開いていやらしく笑う表情は第5話で工藤先生が最初に示し、第6話で三四郎・虎吉・馬之助が揃って見せている。いわゆる「アホづら」なのだが、この顔を見るだけで状況を察してこちらも釣り込まれる。作者はこうした「変顔」には特に力を入れたらしく、このあとさまざまな「アホづら」のバリエーションが登場することになる。

第9話で、時間がないから手分けしてあたるぞ、と言って三四郎・虎吉・馬之助・志乃が四方に散るのだが、三四郎は菜緒子さんのいる陸上部へ向かい、声をかけようとした瞬間に四人が四方から菜緒子さんに声をかけるとか。キャラクターが実に表情豊かで、いい動きをしているのだ。

漫画家だから絵で笑わせるのは当然と思いたいが、セリフや説明が少なくて絵を見ただけで思わず笑ってしまう、そういう絵を描く漫画家は実はそう多くない。恐らくそれは難しいことなのだろう。だが、小林まことのギャグは、単に「面白い」というだけでなく、時代を画するものでもあったのだ。

ところが、プロレス編では言葉によるギャグが急に増える。この辺は好みもあろうから、それが一概に悪いとは言わないが、言葉によるギャグは、読まないといけないので時間がかかる(爆発的な笑いを呼ばない)のと、一度読んで知ってしまえば、二度目以降は笑えない。絵で(キャラの表情と演技で)笑わせるものは、見た瞬間に笑えるし、繰り返し見て繰り返し笑える。*1

なぜ急にギャグが変質したのかはわからない。全体的に疲れて来たことが影響しているのかとも思う。


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(2020/5/27 記)

*1:例えば古典落語。話を知っているサゲを知っている、でも名人の高座を見に行くと、やはり笑ってしまう。それは話の内容ではなく、噺家の表情や仕草がおかしいからだ。