四ツ原フリコといえば、ちょうど昨日から実写ドラマが始まった「家政夫のナギサさん」が代表作になるのだろうか?(原作は未読) 彼女のデビュー短編集。
すべて女性同士の恋愛を描いたものだが、ほとんどの作品が女性同士の枠にとらわれず、好きな人を思う気持ち、好きな人に思われなくてつらかったり悲しかったりする気持ち、お互いに思う気持ちはあるんだけどすれ違うもどかしさ、等など、「恋愛あるある」を描いていて胸が締め付けられる。
また、主人公の大部分は高校生で、瑞々しさが眩しい。すべてがハッピーエンドではないけれど、素敵なラブ・ストーリーズである。
結局、人を好きになる気持ちは、相手が男でも女でもそう変わらないんだな。だから別に同性愛に特段の興味のない自分のような人間でも、とても面白く読める。
「20、21」
本作は例外的に同性同士特有の問題を扱っている。
朝顔は藤のことが好きで、そう公言している。藤も朝顔のことが好きだと言う。ただし朝顔は「恋」だが藤は朝顔を単に親しい友達だと思っている。一方、同じクラスの男子の佐倉も藤が好きで、しかも男子特有の(いや、そういうわけではないかな、人によるかな)思考回路でついいじわるをしてしまい、藤からはすごく嫌われている。朝顔も佐倉も、好きな人から好かれていないという意味では立場が同じだが、置かれている状況はだいふ違う。
女子の間で「クラスの好きな男子ランキング」がはやる。20人いる男子に1位から20位まで順位をつけようというのだ。藤は佐倉を20位にする。朝顔はその表を見ながら、佐倉は確かに最下位だけど名前がある、自分の名前がどこにもない、と哀しむ。佐倉は、朝顔の気持ちに気付いている。自分が藤に話しかけるとすごい顔して睨むから……。藤は佐倉に気付かれていることを知り、口止めをする。佐倉は「言わねーよ、敵に塩を送るような真似」と答える。
「藤、お前のことすげー好きだし、俺なんか虫けら以下だし、かないっこないって思う」
「そうよ、佐倉なんか死ぬほど嫌われていて、ランキングだって最下位じゃない。なのになんで私の名前は載ってないの。かないっこないのはこっちの方」
そう二人が話している場に藤が遭遇。二人とも、藤に片思いしていることを共感し合っていたのに、二人が付き合っていると藤が誤解するところがオカシイ。
「インプリンティングの珈琲」
これも切ない話。小学生の時の主人公が柾木先生を嫌うようになったのは、女同士でキスするシーンを目撃して衝撃を受け、生理的に受け入れられないと感じたからだと最初は思った。そう考えると、これは同性同士特有の問題である。
が、読み返すうち、主人公が柾木先生のことを好きで(その時は自覚的ではなかったけれど)、付き合っている人がいることを知ってしまい(しかも「現場」を目撃して)失恋のショックを受けたのだと思い至った。高校生になって柾木先生と再会し、自分の気持ちを自覚するようになったら結婚することを知ってしまい、同じ相手に二度失恋するという話。そうなると同性も異性も関係なく普遍的な物語になる。
ただ、高校生だったら相手が男でも女でも、好きな人のそばにいられればそれでいいけど、柾木先生の年齢になると、それだけというわけにはいかないんだろうなあと思いを馳せるあたりは、同性愛特有の問題が絡む。さらに、結婚すると聞いてショックを受けるのは、単にまた失恋したというだけでなく、相手が女ではなく男なのかよ! という気持ちもあっただろうから、単純な男女間の恋愛とはやはり少し違う。
柾木先生はバイなのか、かつでゲイだったが今はストレートに変わったのか、学生時代はゲイとも言えないような一過性のものだったのか、本当はゲイだが社会的ないろいろな状況を加味して男と結婚しておくということなのか、いろいろ想像してしまう。
「ゼロケルビンの菫」
これは興味深い。春信という子はすごくもてる。本人は恋愛に憧れ、周囲のカップルを見てうらやましく感じている。それで、告白されて、その時付き合っている人がいないと、すぐ付き合い始めるのだが、しばらくすると相手から、春信は私のこと好きじゃないよね? そういうのはもう耐えられない、と言われて去られてしまう。自分から好きだと言っておきながら、悪く言われて去られるのは理不尽だと、春信は小さく傷ついている……。
これなど、男と女を別にすれば、「目黒さんは初めてじゃない」の目黒さんにとてもよく似ている。
その他雑感
- 登場人物の名が、司、あきら、隼人、直久、春信、高志など、まるで男子のような名の人が多い(春信は姓かも)。
- 約270ページと、通常の単行本に比べて多い。ボリュームたっぷりで楽しめる。なお、どうも他の人のレビューを読んでいると、紙の単行本とkindleでは内容が違うようだ。紙の本は表題作、「白紙」「六畳半、周回遅れ」「魔女の拳」「20、21」「白紙の続き」の6話で、ここまで170ページ(通常の単行本の分量)。「ゼロケルビンの菫」「インプリンティングの珈琲」「恋に灰まみれ」「王子様もかぼちゃの馬車も」が電子版に追加された話のようである。
- 裏表紙も、目次もない。奥付もない。だから発行日も出版社も不明。下記リンク先のレビューで言及されているように、各話の区切りもわかりにくい。本としてはかなり不完全で、素人の作った自費出版本のような印象を受ける。この点には不満を表しておく。