鞄に二冊

少しでも空き時間ができると、本が読みたくなる。

今年最高の一冊か?「ペンと箸」

2017年1月17日刊。Webサイト「ぐるなび」の「みんなのごはん」に掲載された作品をまとめたもの。

今年買った本の中で最高の一冊かも知れない。数日前に届いて(珍しく紙で買った)、三回くらい読み返しているが、そのたびに涙が出てくるのだ。

漫画家の子どもにインタビューし、当該作家の好きな食べ物を教えてもらい、それを紹介する企画。田中は、インタビューの内容を漫画に描く際に、インタビューの相手やその家族を、漫画家のタッチで描くのだが、これが実にうまい。単に顔がそっくりというだけでなく、この漫画のキャラクターだったら、こういう表情をするだろうな、こういうポーズを取るだろうな、というのが見事に再現されているのだ。

インタビューは、いろいろな話をした中から、作品にまとめるにあたってエピソードを取捨選択する。どういうまとめ方をしたかにインタビューアーの人間性が出る、と思っているが、田中圭一がこんなにも暖かく、こんなにも大きな人だったのかと、そのことにも感動している。失礼な言い方で申し訳ないが、これまで、手塚治虫の下手なエピゴーネン、くらいの認識しかなかったのだ。

たとえば魔夜峰央の娘さんの回。親子仲がいいんですね、に対して「そりゃそうですよ、なにより父と母の仲がいいですから」というセリフを最後に持ってきたところとか。

畑中純とその娘が、畑中純の版画タッチで抱き合っているラストなんて、何回見ても涙が出てくるし。

吉沢やすみがプレッシャーのためか、ペンを持つと手が震え、吐き気を催すようになって絵が全く描けなくなってしまったというエピソードは壮絶だが、今は孫と一緒に公園にスケッチに行き、二人で互いの絵を褒め合っているという。ペンを持つと吐き気がする症状が治ってきた、というくだりは涙なくしては読めない。

それでいて爆笑するシーンもある。池上遼一が描いた絵を娘がしれっと自分の作品として(宿題で)学校に提出した話。娘本人は、何も言われなかったから気づかれなかったのでは、とのほほんとしているが、田中圭一は、気づかないはずないでしょ! と言って、そこへ「課長バカ一代」(クロマティ高校かな?)のキャラを出してくるセンスはお見事。野中英二を知らない人は、池上遼一のキャラが驚いていると思っただけで何も感じなかっただろうが、わかる人は大笑いしたはず。

赤塚不二夫の娘の話もよかった。ご両親を立て続けに亡くし、呆然としている時に、父の漫画を読んで思わず笑ってしまったと。ギャグマンガは、人に生きる力を与えることができるのだ。赤塚不二夫ほどの強烈な作品であれば。漫画の、エンターテイメントの底力だ。くだらないなんて、とんでもない。

しばらく前にネットに本作が掲載されているのを知り、全23話を一気に読んだ。素晴らしい内容に胸を打たれ(記事を読んで「パタリロ!」を買ったくだりは11月8日に記した通り)、それが単行本化されていることを知り、欲しいと思ったのだが、実はちょっと躊躇があった。1000円を超えると気軽には買えない。まして、Web上では今でも無料で全作品を読むことができる。ただ、それは面倒だし、オールカラーとあってはむしろ安い価格設定だ。迷ったが、やはり買うべきと判断し、購入した。もちろん、買ってよかった。