鞄に二冊

少しでも空き時間ができると、本が読みたくなる。

「舟を編む」

2011年9月20日刊。初出は「CLASSY」2009年11月号~2011年7月号。「CLASSY」はファッション雑誌(月刊誌)。小説誌ではなくそんな雑誌に掲載されていたのか!

映画は二回見たが原作の小説は読んだことがなかった。たまたま書店で見かけたので購入。考えてみたら、三浦しをんの作品は、本作以外にも「まほろ駅前多田便利軒」「神去なあなあ日常」など親しみが深いが、小説はまだ一冊も読んでいないのだった。

映画は割と原作に忠実に作られていた模様で、違和感なく読み進められた。とにかく、ほとんどすべてのセリフが(脳内で)松田龍平小林薫加藤剛オダギリジョー黒木華宮崎あおい池脇千鶴の顔と声で進むのに疲れた。この中で、池脇の演じる三好麗美だけは原作から乖離している。美人ではないはずなのに、よりによって池脇という超美人を当てた制作者の意図は不明。

ただし、改めて読み進めると、映画では恋愛劇に比較的スポットを当てていたなと思う。本作でも馬締くんが香具矢に恋文を書くところはひとつのハイライトではあったが、全体としては辞書を編纂することそれ自体により多くの文字が費やされていた。

この辺り、語義の説明や辞書編纂の方針などは、文字で説明すればある程度はイケルものの、画像でそれをやると間延びしてしまうから、エンタメ性を重視してそのように舵を切ったのだろう。そのため、映画初見では、肝心の辞書の編集方針がはっきりしないと不満を持ったが、本作を読んだことでその不満はきれいに消えた。

だからこそ、辞書を完成させるためにどれだけの時間と労力をつぎ込んだのか、映画よりもいっそう迫って来た。だから、完成目前で松本先生が亡くなられた時などは、わかってはいたけれど涙が止まらなかったし、ついに完成した時も嗚咽が止まらなかった。

映画で印象的なラストシーンは、映画独自のアレンジだったようだ。あれも宮崎あおいの表情と声があってこそのもの。映画はあれでよかったし、小説は小説であれがなくてよかった。