鞄に二冊

少しでも空き時間ができると、本が読みたくなる。

「巨人のサムライ炎」1、2

幻の本だった本書が「改訂完全版」と称して販売されているのを知り、購入した(2013年に発売されていたようだが、25年目の復活だそうだ)。1979年の作品。梶原一騎的にはかなり後期の作品である。

一応「新巨人の星」の続編ということになっているが、飛雄馬や一徹など「巨人の星」のキャラクターが登場するというだけで、主人公は水木炎という新人プロ野球選手である。飛雄馬は作品途中で引退し、コーチになるので、主人公役を飛雄馬から水木にバトンタッチする作品ということになるか。

雄馬が、もはや現役では通用しないことを悟りつつも現役に未練を残すシーンは、「巨人の星」を知る人には必見だ。一徹は叱ったり励ましたりせず、「星を目指しても頂点までたどりつけない者が多い中で、お前は巨人の星になりおおせたではないか……」とつぶやくところは、おやじさんも老いたな……と感慨深い。

ところで主人公のライバルに風吹梢という女子選手が登場するが、これが実に興味深い。出会いと対決を経て、互いの野球に賭ける思いや努力ぶりがわかり、意気投合して、励まし合ったり競争し合ったりしながら互いを高めていく……というのは、ある意味梶原一騎お得意のパターン*1だが、梶原作品で、男性のライバルとして女性が登場するのは、恐らくこの作品だけなのではないか。

学問や芸術分野ならいざ知らず、スポーツの世界で男女がライバル関係になるのは……それを描くのは、実はかなり難しいと思うのだ。一流選手であればあるほど男女の体力差がはっきり出るので、それぞれの頑張っている姿を見て尊敬し合うことはできても、ライバル関係にはなりにくい。炎と梢も、直接対決では炎が圧勝している。にも関わらず、炎は梢を認め、尊敬の念も抱くようになる。このあたりの描き方がうまい。梢は一人の女性としてもなかなか魅力的だが、それ以前にアスリートとしてちゃんとキャラが立っている。こんな作品を梶原一騎が書けるとは思わなかった。

炎はプロで投打の二刀流を目指す。これも斬新だ。今でこそ大谷翔平という選手が実在するので、漫画の中でそういう人物がいても違和感を持つ人はいないだろうが、他の野球漫画を思い浮かべてみても、投打同時に活躍する選手は思いつかない。東京メッツの富樫平八郎や「Major」のノゴロー君は、投手として活躍したあと、打者に転向して、打者として名をあげるのであって、同時ではない。投打双方の資質を持つ人はいるだろうが、どちらかに絞って訓練をしないと、プロで通用するレベルにはならない、と多くの人が信じていたのだろう。そうした中で先駆的な作品だったのだと思う。*2

思ったより面白く、結構な話ではあるのだが、本作は全2巻かと思ったらまだ話は終わっていなかった。そして、完結編になるはずの3巻が発売されていない!! いったいいかなる事情があるのかわからないが、消化不良も甚だしい。なんとか3巻が発売されてほしい。


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(2020/3/12 記)

*1:「男を成長させるものは、なまじの味方との平和よりも、すぐれた敵との激突の嵐である!」

*2:もっとも昭和30年代のプロ野球は、たとえば別所毅彦(通算320勝)は投手として出番のない試合に一塁手として出場してクリーンナップを打ったり、金田正一(通算400勝)は代打の切り札として活躍したりと、昔はさほど珍しくはなく、本作はその流れを汲んでいるだけなのかも知れない。