鞄に二冊

少しでも空き時間ができると、本が読みたくなる。

「けだもののように」全3巻

「学園編」は2002年7月1日刊、電子書籍は「学園編」「東京編」「完結編」すべて2013年10月16日刊。

本作はプロデビュー前に描かれた作品であり、1994年~2004年にかけて同人誌として発表。その後、手描きのネームを写植に貼りかえて、最終的に全3巻の単行本として出版された。

プロとしてキャリアを積んでいる作家に、アマチュア時代の作品が最高傑作だと言うのは、これ以上ないほど失礼なことなのかも知れないが、自分がこれまでに読んだ比古地朔弥の作品の中で、最も強く惹かれた作品だ。

プロというのは、常に一定以上のクオリティが要求される。また、それに応えられる人がプロの作家としてやっていける。アマチュアというのは玉石混交、というより、だいたい石ばっかりなのだが、中に、ごく稀に光る玉が混じっていることがある。本作は、まさにその珠玉だ。

作者自身も、10年以上もかけて執念深く描き続けてきたということは、この作品を描きたい、描かなければいけないという、強い情念に突き動かされていたのではないか。だから本作を傑作と言っても、決して怒らないと思うのだ。

粗筋を追いかけても意味がない。主人公ヨリ子の、ある意味では自由奔放な、ある意味では生きることに必死な「生」と、それに惹きつけられ、振り回される何人もの男の「生」と「性」。「学園編」「東京編」「完結編」と舞台が変わるごとにヨリ子自身もどんどん変わっていく。追いかける方は大変だが、そのスピード感が心地よくもある。最後の展開はとても意外だったが、それ以外の道はあり得ないのかも知れない。

何度も読み返すと、自分がヨリ子に嵌まってしまい、引き返せなくなりそうで怖い。



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「探偵綺譚」

2008年2月1日刊。

短編集。表題作はミステリーかと思った。実際、ミステリアスな始まり方をするのだが、全く違った。まあ、ギャグマンガとしてはそれなりに面白い。



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「オーケイ。」

2000年2月10日刊。短編集。「オーケイ。」「厳格なゴルフ」「走る理由」「セカンド・ゴロ」「岐路」「二百万ナッソー」の六編収録。

「オーケイ。」「厳格なゴルフ」はゴルフ、「走る理由」は陸上、「セカンド・ゴロ」「岐路」「二百万ナッソー」は野球が題材。ただし「二百万ナッソー」は、野球が題材だが、プレイを描いているのはゴルフでもあるので、ゴルフ2.5、野球2.5、陸上1とカウントすべきか。

面白くて、一気呵成に読んだ。「変な家」「変な絵」も面白かったから、久しぶりではないが、図書館で借りた本なので、紙の本をこんなに面白いと思って読んだのは久しぶりである。また、小説らしい小説を読んだ、とも思った。

スポーツ選手の心情を描かせたら海老沢泰久の右に出る人はいない。表題作は、ゴルフのマッチ・プレーで、本当はOKをしたくないのに相手の迫力に押されてついOKを出してしまう選手の話。「走る理由」は……

スポーツは、これはこうするのが正しい、これは間違い、と簡単に割り切れないことが多い。「オーケイ。」の相手選手は、確かに厭な相手に描かれているが、明確にルール違反をしているわけではない。だからこそ、ルールの範囲でやりかえした主人公も、悩むのである。「岐路」では、試合に勝つために出場するか、首位打者のタイトルを大事にして残り試合を欠場するか。優勝がかかっているのだから、当然試合に出るべきだが、タイトルを大事にしろという人の気持ちもわかるのだ。

試合運びの描写はわかりやすい。選手の揺れる心理の描き方がうまい。海老沢泰久は多作家ではなく、若くして亡くなられたのは残念だが、それなりに作品は残している。大半は読んでいるが、もう一度読んでみたい。



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「雑兵めし物語」2(新刊)

  • 重野なおき「雑兵めし物語」2(バンブーコミックス)

2023年5月29日刊。発売日に即購入。

滅茶苦茶面白い。重野なおきの最高傑作、と言いたい(が、「信長の忍び」も「軍師 黒田官兵衛伝」も「真田魂」も皆面白いから言えない)。

重野なおきにしては珍しく登場人物は皆、架空の人物である。しかし、庶民一人一人は名前は残らなかったが、こういう人がいたのではないか、と思わせるリアリティがある。

唯物史観では、歴史は下部構造によって決定されるという。白土三平の「カムイ伝」は庶民の生活を描いたから傑作になったという。時代劇は庶民を描いてこそ面白い。

2巻では、村同士の争いごとが起きた時に、相手方が、犯人を差し出して来て話が収まった。むろん死罪である。恐らくその人は真犯人ではないだろう、と作兵衛は言う。村は、こういう時のために村は貧しい者を住まわせておくのだ、と。これ、「女城主直虎」で、ムロツロシがまさにその役だった。

戦の時に、ヤバイと思ったら雑兵は逃げることもできるが、武士は逃げられない(敵前逃亡はその場で死刑)、だから仕官すれば禄はもらえるが考えものだ……という考察も興味深い。

つるちゃんとは、ま、いつまでも気を持たせず、3巻あたりで結ばれてほしい。つるちゃんも出て行く気は全くないようだし。



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「変な絵」

2022年10月20日。サスペンスミステリー。「変な家」と装丁が似ているが、出版社は別。

絵が謎を解く手がかりになっている、と言っても間違いではないが、叙述トリックもある。うっかりしたことは書けない。

最初は短編集かと思った。登場人物は異なるし、前の話と全くつながっていないから。その割に、謎が完全に解決したわけではなく、ちょっともやもやが残っていた。最後にそれが全部つながったことがわかった時はすごい爽快感があった。これぞミステリーの醍醐味だ。とはいえ、最初の方の話は細部を覚えていないから、もう一度最初から読み直さなければならない。

著者は新進気鋭の作家なのだろう。これから続々と傑作を発表してくれるかも知れないが、現時点での作品は二作しかなく、二作とも読んでしまった。ムナチイ。



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「殺っちゃえ!! 宇喜多さん」1(新刊)

  • 重野なおき「殺っちゃえ!! 宇喜多さん」(SPコミックス)

2023年5月29日刊。発売日に即購入。

宇喜多直家は、重野なおきの他の作品で準レギュラーだった時期があり、既に亡くなられているが、その幼少期からを改めて描いた作品。もちろん面白いのだ。

「暗殺」というと現代では後ろ暗い、あるいは卑怯未練な方法のようなイメージがあるが、戦国時代は軍隊同士の殺し合いを日常的にやっていたわけで、卑怯でもなんでもなく、兵の損失を防ぐ、効率のいい方法に過ぎない。歩兵の無駄死にがなくなり、兵隊たちはむしろ喜んでいるだろう。

お福さんをめとる前に妻がいたとは知らなかった。時代だとはいえ、薄幸の人生だったようだ。



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