鞄に二冊

少しでも空き時間ができると、本が読みたくなる。

「小袖日記」

  • 柴田よしき「小袖日記」(文春文庫)

単行本は2007年4月1日刊。文庫は2010年7月9日刊。恐らく新装版が2022年4月に刊行されたものと思われる。連作短編集。

蔵書の再読。当時も面白く読んだ記憶があるが、「光る君へ」を視聴中の今、この本が発掘されたのは偶然ではなかったような気がする。一気に読み、最後は感動して涙を流した。

多くの要素が詰め込まれた贅沢な作品だが、そのためにどういう話かを一言で言うのがとても困難でもある。基本的には歴史ミステリーだろう。物語は「小袖」なる人物の一人称で語られる。一般に「紫式部」と呼ばれる女性(作中では香子と呼ばれている)に仕える女房(でいいのかな)である。この香子がいわばホームズで、小袖はワトソン。宮中で起きた事件を香子が解決し、小袖はそれをわれわれ読者に伝えてくれるという構成である。

さらに、香子はその事件をもとに物語を紡ぎ出し、源氏物語として公表する。もちろん事実そのままでは差しさわりがあるから、大幅に内容を変えることになる。ということは、現在の私達が「源氏物語」として読んでいる話は、実際にはこういうことだったんですよ、という二重の謎解きになっている。むろん自分は源氏物語など知らないから、後段は味わうことができないが、知っている人は面白く読めるだろう。

また、タイムスリップものというSF小説でもある。この小袖は、実は現代(平成20年頃か)の三十路のOLなのである。雷に打たれ、気づいたら平安時代に飛ばされていた。ただし肉体そのものが飛んだのではなく、魂(?)だけが小袖というこの時代を生きる18歳の少女に宿った、という、少々ヤヤコシイことになっている。現代の知識と感覚を持った人間が、とにもかくにも平安時代に適応して暮らして行こうとしている。だから源氏物語の筋も(ある程度)知っているし、つい有り物を使ってアイスクリームを作って見せたりする。最後は、元の時代に戻れるのか!? という展開になる。

もうひとつ、フェミニズム小説でもある。自分は漠然と、この時代は妻問婚であることから、女性の力が強かったと漠然と考えていたのだが、小袖によれば「とんでもない」ということになる。この時代の女性の立場がいかに弱いものであったか、小袖は折に触れて力説する。小袖はそれを「仕方のないこと」と受け入れたりはせず、無論世の中を変える力などないけれど、自身ができる範囲で可哀相な女性の味方になろうとする。力強い女性の話でもあるのだ。

それにしても、エピローグの最後の数行は、泣ける。

「神への生贄に捧げられた少女の話」

  • 矢薙「神への生贄に捧げられた少女の話」

2020年5月6日刊。短編集。134ページ。

表題作は、日照りが続いたために神に生贄としてささげられた少女の話。受け取った神が言う。

しかしなぁ……生贄が必要と我が思われているのにわりと傷ついたしこんな子ども捧げるとか引くわ……

日照りのせいなら雨降らせるよ、と言って雨を降らせる。失礼ながら、なぜ今まで雨を降らせなかったのですか? との質問には「ごめん寝てた」。なかなか楽しい神なのだ。

ほのぼの系ハートウォーミングコメディ、とでもいうか? 残酷な描写は一切なし、結末に向けて一切ブレない。確実にほっこりする作品。



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「夢中の彼女」

  • 矢薙「夢中の彼女」

2020年9月1日刊。64ページ。

ソウジは毎晩夢を見た。それはだいたい10年後くらいの自分で、職業は様々だが、常にユイという新婚の妻がそばにいること。早寝を心掛け、夢の中の生活を楽しみにしていたが、ある時、ユイが殺人を犯した場面に居合わせてしまう。ユイというのは架空の人物ではなく、実在する人物で、その人も毎晩同じ夢を見ているのではないかと気づいたソウジは、この夢は10年後の予知夢ではないかと考えた。そこでユイの殺人を阻止するため、ソウジは――

なんとも奇想天外かつダイナミックな物語だ。いろいろ怪しいところがあるが、意外と辻褄は合っている。事件を阻止するため、ソウジ(とユイ)が取った行動が素晴らしい。結構やばいタイト・ロープだったと思うが、トラブルなく渡り切ったのは、少々ご都合主義だが、スピード感が勝っている。

このような育てられ方をした子は、心にいろいろと傷を負っていて、作中のユイのように明るく素直ではいられないのではと思うが、これは「夢の中のソウジ」の存在が大きかったのかも知れない。母親がどうなったかも気になるところだが、うまく話が付いたと考えるべきだろう。

最後はもちろん現実にソウジとユイが結ばれて終わる。二人が恋人として付き合い始めたのは、いつからなんだろうな。



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「没落お嬢様を拾う話」

  • 矢薙「没落お嬢様を拾う話」

2022年3月9日刊。66ページ。

マモルは大富豪の堂道家で執事として働いていたが、そこの家の娘ヒナを女性として意識するようになってしまい、そのような邪な心を持っていては執事が務まらないと退職を決意。その直後、堂道剛毅が不正融資、所得隠しなどで逮捕されるという事態に。ヒナは家にいられずマモルのアパートに避難してきた。同居生活が始まるが……

実はヒナもマモルのことが好きだったというよくある話なのだが、展開はぶっ飛んでいる。ぶっ飛んではいるけれど、二人の互いを思う気持ちはピュアで美しい。前半がマモル視点で展開し、後半がヒナ視点で話が畳まれていく構成も見事。



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「友達だった2人が付き合って0日で結婚を決めた話」(既刊3巻)

  • えむふじん「友達だった2人が付き合って0日で結婚を決めた話」1~3

1巻は2024年1月8日刊、2巻は2024年1月19日刊、3巻は2024年2月23日刊。もともとはブログで無料公開されていた作品。1巻は187ページ、2巻は59ページ、3巻は63ページ。

えむふじんの子育て・日常生活を描いたブログは大人気で、自分もよく読んでいる。三人の子どものキャラクターがそれぞれきちんと立っている上に、オチの付け方がうまい。その上よほどのことがない限り、ほぼ毎日更新されている。人気が出るのも頷ける。

本作は、作者が夫である「えむもとえむし」と知り合ってから結婚を決めるまでの経緯をまとめたもので、過去作の中でも屈指の人気シリーズだったと記憶している。kindle本になったと知ったので改めて読み返してみたが、とても面白い。

話は終わっていないから、まだ続編が出る、のだと思う。期待して待とう。



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「戦国小町苦労譚」10

  • 原作・夾竹桃、平沢下戸、作画・沢田一「戦国小町苦労譚 農耕戯画」10(アース・スターコミックス)

2021年12月10日刊。「デジタル版コミックアース☆スター」2021年6月~10月掲載。

静子が持ち込んだ武器は、①カプサイシン(辛み成分)爆弾で、目や鼻、口などの粘膜につけば耐え難い苦痛を与え、②ロケット花火で、当時の人には聞き慣れない炸裂音で攪乱し、③通常の矢、以上の波状攻撃で浅井勢を集団ヒステリー状態に陥らせた。矢尻にはカビや雑菌を付着させ、軽い傷でも致命傷にさせるもの。

人を殺すのにきれいもきたないもないかも知れないが、静子の戦法は正直なところ、かなりダーティーなものだ。だが、勝たなければ意味がない。ある意味、静子は腹を決めたのだろう。

姉川の合戦では織田優位に進み、浅井・朝倉を退けたが、織田軍の被害も大きかった。さて、次は大好き、宇佐山城の戦いである。重要な一戦の割に、意外と省かれがち。大河ドラマ麒麟がくる」でも描かれなかった。史実では浅井朝倉連合軍に延暦寺の僧兵を合わせて約3万、守る森可成は約1000、これで森は討ち死にする。が、それを食い止めんと、静子勢7500がここに加わった。

戦いが始まる。これまで静子は、武器を制作したり、助言をしたり、その結果大勢の人を死に追い込んだかも知れないが、自らの手で人を殺したことはなかった。が、この戦では直接何人もの敵の武将を倒していく。これも、これまでから変ったこと。静子勢は大軍を前に優位に進めていたが、大軍ゆえに簡単には片が付かない。ついに敵が盛り返し、静子勢が劣勢に追い込まれる。それを助けるために森勢が加勢するが、森は打ち取られてしまう。やはり歴史は変わらないのか……



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「戦国小町苦労譚」9

  • 原作・夾竹桃、平沢下戸、作画・沢田一「戦国小町苦労譚 農耕戯画」9(アース・スターコミックス)

2021年7月12日刊。「デジタル版コミックアース☆スター」2021年1月~5月掲載。

これまでも静子の行動で歴史は変わってしまっていたのだろうが、目に見えるものといえば史実では二日かかったはずの戦が一日で終わった程度の違いで、少なくとも静子の理解・観測では大きな変化は起きていなかった。

本巻では大きな変化が起き始める。信長の朝倉攻めにおいて浅井の裏切りを進言し、それが聞き入れられた。そこで信長は朝倉侵攻の前に長政にお伺いを立て(その過程で久政が反信長の首謀であることがあぶり出され)、朝倉攻めはいったん中止される(その結果「金ヶ崎の引き口」は起きない)。

その後久政は謀反を起こして長政を追い詰めるが、事態に気付いた静子が長政を庇護し、お市とその子も救出、久政軍は壊滅状態となった。長政は妻子とともに信長のもとに身を寄せることとなった……

まあ、細部が変わっただけで、浅井朝倉と織田陣営の対立という構図が変わったわけではないが、それでも、これまでよりは大きく変化が起き始めた。これは静子にとっての正義だが、このことが今後どのような影響を与えることになるのか。

姉川の合戦。史実では織田陣営も大きな被害を被るが、静子は織田方の被害を最小限に抑えたいと考えた。そして小型ロケットのような武器を持ち込むが……?



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