ホームズもの第二弾。ようやく深町訳で読める(というほど深町に固執していたわけではないが)。
七パーセント溶液で幕を開け、七パーセント溶液で幕を締める物語である。無聊をかこっていたワトスン博士が伴侶を得て「リア充」になっていくのに反し、ホームズの生活は退廃が漂う。
「緋色の研究」は二部構成だったが、本作も、ジョナサン・スモールがアグラの宝を手に入れた話はなかば独立した物語であり、一種の二部構成である。「緋色の研究」も本作も、長編とはいえさほど長い話ではないが、飽きさせない工夫を凝らしたということであろう。
行方不明になった父親、その後10年にわたって毎年真珠が贈られてくるなど、実に奇妙で、幕開けからいきなり引き込まれる。犯人を追い詰めるのも、夜明けに犬のトビーを使っての追跡あり、深夜のテームズ川でのシップ・チェイスとでも言おうか、船の追いかけっこありで、ワクワクするし、迫力満点である。
ところで、これはこの時代の倫理観なのかも知れないが、ジョナサン・スモールらにアグラの宝の所有権があるかどうかはさて措き、ショルトー大佐やモースタン大尉は盗んだだけであって、所有権のあろうはずがない、と自分は思う。しかしワトスン博士は、メアリ・モースタン嬢にはその何割かを手に入れる正当な権利があると信じ、スモールから取り戻した宝箱を真っ先に見せに行くし、ホームズもアルセニー・ジョーンズも、それを黙認しているようである(ジョーンズの関心があるのはバーソロミュー殺しの犯人を挙げることで、宝が誰のものかという「民事」には元々関心はないのかも知れないが)。
このあたりは頷けないところだが、当時の英国は世界に冠する超大国であり、つまり世界の各地で戦争を継続中で、ワトスンもアフガニスタンで戦争に従事していた。ショルトー大佐もモースタン大尉も根っからの軍人。略奪したものを我がものとするのは当然のことだったのかも知れない。
その他
- ハドスン夫人がようやく登場(「緋色の研究」でも登場していたのかも知れないが、名前が不明だった)。
- ホームズはやたらと文学者の文言の引用をする。「緋色の研究」では、文学に関する知識は皆無とされていたが、とんでもない!
(2019/12/3 記)