鞄に二冊

少しでも空き時間ができると、本が読みたくなる。

「雨の朝サブは」(全14巻)

  • 原作・梶原一騎、作画・下條よしあき「雨の朝サブは〔完全版〕」1 - 14

プレイコミック連載作品(1979/9/13~1981/12/24)。当時、秋田書店から単行本が刊行されたが、1981/5/14号分までしか収録されず(全5巻)。約20年経過し、ようやく電子書籍で完全版がリリースされることになった。ただしkindle版は一巻が約100ページで通常の単行本の半分程度の量しかない。

腕力に恵まれたサブは無為な日々を過ごしている。父親は元ボクサーだが試合で失明した。事故とはいえ父を失明させたボクサーは、ボクシングから足を洗うと約束したはずだが、ボクシング・ジムを立ちあげ、世界ランカーを育成するまでになっていた。それを知ったサブは怒り、喧嘩を売るが、その息子である赤尾研二に軽くあしらわれてしまう。赤尾研二は将来を嘱望されるボクサーであり、デビュー後は破竹の進撃でたちまち全日本のランカーになる。研二を倒すため、サブもボクシングを身につけ、あとを追うが……

あしたのジョー」という作品のある梶原一騎が、再びボクシング作品を手掛けることになったが、ボクシング漫画としては見どころがない。相手が強い強いというが、どこがどう強いのかよくわからないし、その強さにどう対抗しようと、どういう練習をしてどういう技術を身につけたのかもよくわからない。まあ前半のライバルは赤尾研二のみで、ほかはすべてザコキャラなのかも知れないが。クロスカウンターやトリプルクロスカウンターなど、「あしたのジョー」でおなじみの必殺技も飛び出すが、「あしたのジョー」で知っている技とはかなり違うので戸惑う。

恋愛ものとしての側面が強い。表向きスポーツ漫画で、ここまで恋愛を描いたのは梶原一騎としては珍しい。ただし、女性の身体をモノ扱いし、「賞品」として「よこせ」と言ったり「あげる」と言ったり……が中盤までうるさいくらい繰り返されるのは、梶原一騎らしいとは言えるが、時代錯誤も甚だしい。当時もそうだったろうが、今読むとうんざりさせられる。

とはいえ、度重なるやり取りの中で、赤尾研二の妹・火鳥と強く愛し愛されるようになるいきさつはなかなか説得力があるし、ついに結ばれた時はそれなりにカタルシスがあった。その翌朝、サブが「もう雨は降らない」と言ったのも印象的だった。

これは梶原一騎作品だということを甘く見ていた。せっかく思いが通じ合えたのに、その日の夜、火鳥は殺されてしまう……。以後は自暴自棄になったサブが、再起する様子を描いていくことになる。

本作で特筆すべきは、主人公が幸せになることだ。「あしたのジョー」は言うに及ばず、「巨人の星」「タイガーマスク」「愛と誠」など、代表的な梶原作品は、最終回で主人公が破滅するか死ぬ。「男の星座」は作者が死ぬ。実録の体を取っている「ジャイアント台風」や「キックの鬼」はさすがにそんなことはないが、とにかく不幸になるか、せいぜいが現状維持。全作品を検証したわけではないが、ハッピーエンドは本作だけなのではないか。

サブは世界チャンピオンに挑戦するも及ばず、セコンドがタオルを投げてのTKO負け。ダメージを引きずらず、その後約5年、第一線で活躍。引退後は葉山マキと結婚。心に傷を負う者同士だが、いまは朝目覚めて心に雨の音を聞くことにない日々を送っている――という。ラストシーンのサブは、「ケンカ屋サブ」の面影のない、爽やかな顔立ちだ。あまりにも驚いたので、記録しておく次第。


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