鞄に二冊

少しでも空き時間ができると、本が読みたくなる。

探偵は幽霊だった「煙とサクランボ」

松尾由美は一貫して超常現象というのか、異次元の世界というか、そのような世界を舞台にしたミステリーを描き続けている。

この場合、まず異世界の「ルール」を綿密に設計し、それを物語の冒頭でわかりやすく読者に説明する必要がある。

たとえば、探偵役の人がタイムトラベラーで、事件があったその日その時刻に現場に行かれる能力を持っていたら、誰がどうやって事件を起こしたのかは即座に解決する。探偵業を営むなら有利な能力だが、ミステリーとしては面白さの欠片もない。これでは設定が失敗である。

また、うまい設定を思いついても、その世界のルールを説明するのに長い長い説明を要するものだったり、理解しづらいものであったりすると、読者がついていかれないから、消化不良で終わってしまう。

そう考えると、この分野は、うまくいくと「謎解き」に幅を持たせることができるが、うまい設定を思いつくのは至難の技なのではないか、大変なんだろうなあと思う。

この分野は松尾由美の専売特許というわけではないけれど、松尾由美の場合はすべての作品に異形の者が登場する。あるいは異形の設定がある。徹底しているのである。しかし彼女の語り口はうまく、説明的であることを感じさせずにその世界の説明がなされ、すっと入っていくことができる。

もうひとつ、松尾由美の作品は、ハートウォーミングな……いや、暖まるばかりとは限らない、哀しい、あるいは切ない思いをさせられることもたびたびだが、心を揺さぶられるような、叙情性の高い作品が少なくない。実のところ、僕が彼女の作品に惹かれているのはこの部分である。

本作も、謎を解くことがメインではなく、主人公がなぜこの人のために謎を解いてあげようと思ったのか、そこに肝がある。主人公の依頼人に対する気持ちを考えると、暖かくも切ないものがこみ上げてくる。

(2015/5/17 記)