鞄に二冊

少しでも空き時間ができると、本が読みたくなる。

「1・2の三四郎」2(パロディ解説)

p10- 参豪辰巳登場、三四郎と志乃のヌードを賭けて勝負をすることに。柔道部へ入部しようと思ってやってきた参豪と柔道部部長の三四郎が勝負をするのであれば、当然柔道の試合になるところだろうが、レフェリー役の馬之助は「時間無制限、10カウントダウンかギブアップで一本」などと当然のように述べ、参豪もそれを受け入れてしまう。馬之助に「あんたほどの人がここの一員とは」と批判の目を向けた参豪だが、参豪自身、早くもここに染まっている。志乃のヌードで頭が一杯だったのか、三四郎が相手ならどんなルールでも負けないと思ったのか……。せっかく十字固めを決めたのに、三四郎の足がロープに伸びてロープブレイクを取られると、その手があったかと悔しがるが、柔道にロープブレイクなんかないってば……

p21. 扉絵に字がたくさん書き込まれている。一つ一つ読むと結構面白い(ここでは解説を省く)。

p22. 一コマ目に登場する杉村・圭は、「翔んだカップル」の主人公・山葉圭とその友人である杉村秋美からとったと思われる。「翔んだカップル」は「1・2の三四郎」とほぼ同時期に少年マガジンに連載され、爆発的人気を呼んだ柳沢きみおの作品で、意識していたのか、本作には「翔んだカップル」のキャラクターがたびたび登場する。ただし今回の杉村・圭は名前を借りただけで、顔は小林まことのキャラクターである。

p22. 杉村・圭と同じコマに藤原・雪出(ゆきいで)という女生徒も登場している。これは「四角いジャングル」に登場するキックボクサーの藤原敏男、マーシャルアーツ(プロ空手)のベニー・ユキーデから取ったものであり、顔もそのキャラの顔になっている。なにせいかつい男である藤原やユキーデが女子高生に扮してポンと登場したわけだから、初めて見た時は涙が出て来るくらいおかしかった。

p22. 岩清水健太郎登場。このキャラクターは「愛と誠」の岩清水弘のパロディである(健太郎という名前は清水健太郎から取ったようだが)。「愛と誠」は少年マガジンで一世を風靡した純愛漫画。主人公の早乙女愛は大賀誠に惹かれているが、そんな愛を岩清水弘は一途に愛し、愛への手紙で「早乙女愛よ、岩清水弘は君のためなら死ねる」と思いを綴ったことがある。この岩清水弘の姿勢に多くの人が感動し、このセリフは流行語にもなったが、岩清水健太郎のキャラはこれを徹底的に茶化したものになっている。既に漫画「愛と誠」の連載は終了していたとはいえ、まだまだブームの余韻が残っている時代だから、岩清水健太郎の一挙手一投足に腹の皮がよじれるほどであったが、岩清水健太郎の登場以降は、逆に岩清水弘が真面目な顔をして何を言ってもギャグにしか思えなくなってしまった。岩清水健太郎は本作では重要な立ち回りを演じ、最後まで登場し続ける。

p26. 一コマ目の右側、壁に貼ってある「そうじをさぼった人」という紙に「東三四郎」という名が連日書き込まれている。

p27. 岩清水が志乃への手紙を入れようとした机(実は三四郎の机)には、「アンドレ・ザ・ジャイアント」「猪木がんばれ ウイリーに負けるな」と落書きがある。ウイリーというのは極真空手家のウイリー・ウイリアムスのこと。格闘技世界一を自称する猪木に対し、最強の格闘技は極真空手であるとして挑戦を表明しており、どちらが強いのか? そもそも猪木-ウイリー戦は実現するのか? といったことが格闘技ファンの間で大きく盛り上がっていた。三四郎らもかなり強い関心を持っていたらしく、このあとたびたび話題にしている。

p44. 右下のコマで杉村、圭、藤原、雪出が再登場。名前は呼ばれないが、コマの下の方にアンドレ・ザ・ジャイアントそっくりの顔の女生徒がいる。

p73. ビューティーサロンの店名が「ヘッド・ロック」

p75. 志乃が髪を切ったのは猪木とバックランドがWWWFのタイトル戦を行なった日、となると、日付が特定できそうだが……。吉村道明は日本のプロレスの黎明期を支えた名レスラー。

p82. 二コマ目でアンドレ・ザ・ジャイアントそっくりの女生徒が再登場。まだ名前は呼ばれない。

p90. 定食屋「はずれや」のメニューに「トウコンジュース」がある。「トウコン」は闘魂であろう。本作では闘魂ナントカ、という名前のものがあちこちに登場する。

p119. 天竜学園新聞に、応援団長の大山茂子の「飛鳥くんが負けたらわたしは髪を切る!」というコメントが掲載されている。これは、上で述べた、ウイリー・ウイリアムスのアントニオ猪木への挑戦に関し、ウイリーの師である大山茂(極真世界最高師範=当時)は、「ウイリーが負けたらわたしは腹を切る!」と宣言していた(本当に言ったのか知らないが、「四角いジャングル」の中ではそのように大々的に喧伝されていた)ことをもじったものである。

p127. ここでは「四角いジャングル」のキャラクターをパロった女生徒が大量に登場する。既出の藤原、雪出に加えてアンドレ・ザ・ジャイアントそっくりの子(安戸礼子という名だそうだ)、アントニオ猪木そっくりの猪木子、ジャイアント馬場そっくりの馬場子、そして子尊保布子(しいそんぽっぷこ)。プライユット・シーソンポップはムエタイ(タイ式ボクシング)の選手で、無敵を誇ったベニー・ユキーデに初黒星をつけた相手。なお一コマ目の真ん中に山葉圭そっくりの女生徒がいるが名前は呼ばれない。既に登場した「圭ちゃん」とは顔を見る限りは別人である。また左下に明らかに小林まことのタッチではない顔の女生徒が描かれている。ジョージ秋山の描く女性風だが誰かを狙って描いたものなのかどうかは不明(少年マガジン掲載のジョージ秋山作品だと「デロリンマン」などがあるが……)。

p151. 三四郎のバッグに「WWWF」「NWA」の文字が見える。(NWAは世界最大のプロレス団体で、全日本プロレスは加盟していたが、新日本プロレスは当時は加盟を拒否されている。1978年におけるヘビー級チャンピオンはハリー・レイス)

p163. 二コマ目で山葉圭そっくりの女生徒が再登場。


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(2020/4/22 記)

「1・2の三四郎」1(パロディ解説)

先日「四角いジャングル」を読んで本作が読みたくなり、何年ぶりかで読み返した。いろいろ感じるところはあるのだが、漫画作品そのものの感想は別にして、この作品は、特に初期において様々なパロディが散りばめられている。雑誌連載のものをリアルタイムで読んでいた人はちゃんと理解できていたはずだが、単行本で読んでいた人はいろいろ「?」マークが頭に浮かんだことだろうし、今になって若い人が読んでも、何が何やらわからないのではないか。そこで、自分のわかる範囲で注を付けることとする。これを読んだどなかた博識の方が補足してくださると嬉しいのだが。

p6. 出席を取るシーンで出て来る名前は、少年マガジン連載中(または連載終了)の作品のキャラクターから取ったものだろう。上杉は「おれは鉄兵」(ちばてつや)の上杉鉄平、大賀は「愛と誠」(梶原一騎ながやす巧)の大賀誠、星は「巨人の星」(梶原一騎川崎のぼる)の星飛雄馬、矢吹は「あしたのジョー」(高森朝樹・ちばてつや)の矢吹丈、三平は「釣りキチ三平」(矢口高雄)の三平三平、火乃正は「青春山脈」(梶原一騎かざま鋭二)の火乃正人。

p6. アントニオ猪木の著書「燃える闘魂」から一説が引用されている。「燃える闘魂」は猪木の代名詞でもあり、このような本が存在するのかと思い込んでいたが、どうもこういう本はないらしいのだ*1。三年前(1975年)に「燃えよ闘魂」という本を東スポから出しているので、それのことだろうか? それとも小林まことによる架空の著書だろうか? 

pp42-43. 虎吉の「秘技コーラびんとばし」は、「空手バカ一代」(梶原一騎)で登場人物が空手技の威力を示すためにしばしば行なった「ビールびん切り」などのパロディであろう。なおビールびんもコーラびんも簡単には割れないように作られており、これを素手で割るのは相当な達人でないとできない(だから虎吉は飛ばすだけ)。まして空中で固定されていないびんを割るのは、現実には不可能だと自分は思う。

p53. バーの看板が「ヘッドロック」。(ヘッドロックはプロレスの技のひとつ)

p54. 実在の人物だが一応説明。

  • アンドレ・ザ・ジャイアント:当時(1978年)の大人気のプロレスラー。世界一身体が大きく、本気を出せば誰も勝てないと言われていた(僕はそうは思わないが)。収入も世界一だったと言われる。たびたび来日して新日本プロレスのリングに参戦した。
  • レッドシューズ・ドゥーガン:レッドシューズ・ズーガンとも。名レフェリーとして名を馳せた。当時は新日本プロレスでレフェリングを行なっていた。
  • キャンディ・キャンディ:当時講談社の「なかよし」で連載中だった人気少女漫画。

p56. 実在の人物だが一応説明。

  • ポール牧:日本のコメディアン・俳優。関武志とともにコント・ラッキー7を結成し人気を博した。指パッチンが有名。

p70. このページはまるまる「四角いジャングル」のパロディ。ベニー・ユキーデは実在するプロ空手の選手。黒崎金時のモデルは黒崎健時

p71. ウルトラ・タイガー・ドロップは漫画「タイガーマスク」におけるタイガーマスクの必殺技。

p77. 虎吉のバッグに「WWWF」の文字が見える。(WWWFアメリカのプロレスの団体のひとつで、新日本プロレスと提携していた。1978年におけるチャンピオンはボブ・バックランド)

p90. 連載開始5週目にして早くも猪木が二度目の登場。どちらも三四郎が自分を励ましたり鼓舞したりする時に思い浮かべており、三四郎の猪木への傾倒ぶりがうかがえる。

p93. 「ミル・ドスケベス」は「ミル・マスカラス」のパロディ。ミル・マスカラスはメキシコを代表する覆面レスラーで、試合のたびに覆面を変えることから「千の顔を持つ男」といわれる。日本では全日本プロレスのリングに参戦している。*2

p103. 工藤先生のセリフ「あんた……三四郎に……ほれてるね」は、三年前(1975年)に大ヒットしたダウン・タウン・ブギウギ・バンドの「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」の一節(あんた、あの子にほれてるね)のパロディ。

p129. 三四郎のつぶやく「わたしは戦うチャンピオンだ……だれの挑戦でも受ける!」は、異種格闘技戦を繰り広げていた猪木のセリフということになっている。本当に猪木がそう言ったのかどうかは定かではない*3

p129. 国歌吹奏と称して三人がそれぞれ歌うシーン。三四郎が歌っているのは、アニメ「タイガーマスク」の主題歌「行け!タイガーマスク」。虎吉が歌っているのは、アニメ「キャンディ・キャンディ」の主題歌「キャンディ・キャンディ」。馬之助が歌っているのは北島三郎の「函館の女」。

p158. 陸上部の高田、テニス部の張本、土井、卓球部の長島……は、プロ野球ジャイアンツの高田繁(外野手)、張本勲(外野手)、土井正三二塁手)、長島茂雄三塁手)から取ったものと思われる。2020年現在、土井以外はまだ存命だ。


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(2020/4/21 記)

*1:ネットで検索しても出て来ない。ただしムックとかであれば、普通のやり方で検索しても出て来ないということはあり得るので、存在しないと断言はできない。

*2:当時の日本のプロレス界は、ジャイアント馬場の率いる全日本プロレス(略称・全日)とアントニオ猪木率いる新日本プロレス(略称・新日)と二つのメジャーな団体があり、競い合いつつも、ともに週一回のテレビ放送があるなど、大きな人気を誇っていた。三四郎たちは(というか、作者の小林まことは)新日系のレスラーの方が好きなようだが、ミル・マスカラスは別格ということか。

*3:プロである以上「だれの挑戦でも受ける」などということができるわけがない。アマチュアは論外だし(例外はウイリー・ウイリアムス)、プロの格闘家であっても様々な条件をクリアしなければ対戦というわけにはいかないはず。だからこんなセリフを軽々しく言うとは思えないのだ。一方、異種格闘技戦を進め、プロレス以外の格闘技から広く挑戦者を募っていたのも事実なので、こうしたことを言っていたのかも知れない。僕にはこれ以上は調べられないです。

「山本まゆりの幽幽さんぽ」

山本まゆりの幽幽さんぽ

山本まゆりの幽幽さんぽ

日記風エッセイ漫画。

山本まゆりの作品は「リセット」を読んだことがあって(確か単行本を揃えたはず)、絵はうまいし話もなかなか面白い……という印象は持っているが、長いこと名前を聞いたり作品を目にしたりする機会がなかった。たまたまこの作品がWeb広告で出て来て、続きが気になったため買ってしまった。

で、まあそれなりに面白かったんだけど、山本まゆりってこんなオカルティックな(こんな言葉あるのか?)人だったのかとびっくり。そういうジャンルの本を多く描いているから営業用にそういうスタンスを取っているのかと深読みをしたくなる。

それはそれとして、右利きの漫画家は、やや右を向いている人物の顔が描きにくいのだそうだ。やや左を向いている方が描きやすいのだと。これには驚いた。実は自分もそうで、若き日に(趣味で)漫画を描いていた頃、どうしても右向きの顔が描けず、しかしみんな左を向かせるわけにもいかないから、いったん右向きの絵を描き、それを裏返してトレースしたり、などという涙ぐましいことまでやったのだ。これは素人だからであってプロとなればあらゆる向きを自在に描けるのだろう、描けなければプロにはなれないだろうと思い込んでいたが、プロでも得意苦手があるとは。そしてそれは多くの人に共通するとは。これだけで買った甲斐があったよ。

「幽幽さんぽ」という題だが、すべての話に霊魂や怪異現象が起きるわけではない。普通の旅行記も大半を占める。僕はこっちの方が面白かったけど。


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(2020/4/15 記)

「石井あゆみ短編集」

石井あゆみの初期短編集。雑誌未掲載の投稿作もあり、「信長協奏曲」のルーツを探りたい人や石井あゆみの大ファンな人にとっては必読の書ということになろう。

しかし、面白くないわけではないが、絵も、話のまとめ方も、いかにも稚拙。「信長協奏曲」が漫画史に残る傑作であることと比べると、正直に言えば、習作の域を出ないものがほとんどだ。

とても不思議なのだが、このレベルの作品しか描けない人がいきなり「信長協奏曲」のような大河長編に挑み、あそこまでの名作を描いてしまうのは、どういう力が働いてのことなのだろうか。


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(2020/4/14 記)

「出るか分からない温泉を掘りつづけてるうちに、30代になりました」1

  • 矢寺圭太 「出るか分からない温泉を掘りつづけてるうちに、30代になりました」1

エッセイ漫画である。ずっと無料で読める模様。

矢寺圭太の本は「大彼女」という作品を一冊だけ持っている。絵柄は割と可愛い。ストーリーは可もなく不可もなく、たまたま一冊買ったけど、多分、この作者の本はもう買わないと思う。本作も、名前に覚えがあったのと、はっきり言って無料だから読んでみようと思ったのだ。

タイトルが切ない。

大彼女 (ヒーローズコミックス)

大彼女 (ヒーローズコミックス)


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(2020/4/14 記)

「夜回り猫」3

  • 深谷かおる「夜回り猫」3

夜廻り猫(3)

夜廻り猫(3)

前巻購入から少し間が空いた。面白いしいい話だと思うのだが、取り立ててページ数が多いわけではないのに990円というのは、正直なところ少々高いと思うのだ(それでもkindleだからこそこの価格で、紙の単行本は1100円するのだが)。

実話がいくつか入っている。実話でも良いのだが、わざわざ実話だと書かなければいいのに、とは思った。

表紙の遠藤さんはちょっと怖い。

作品のクオリティは相変わらず。


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(2020/4/13 記)

過去記事

「ビートルズ作品読解ガイド」

昨日付で紹介した「ビートルズ英語読解ガイド」はデビュー曲から "A DAY In THE LIFE" まで。"ALL YOU NEED IS LOVE" 以降高貴の曲は本書が扱うことになる。

両者とも、歌詞の解釈としても、英語の勉強としても、実に奥が深くてためになる。それだけに簡単には読み進めない。半年くらいかけてじっくり飛んでいくことになるだろう。


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(2020/4/13 記)