鞄に二冊

少しでも空き時間ができると、本が読みたくなる。

一見、静かで地味だが……「繕い裁つ人」

単行本は2巻まで持っていて、その時も「いい作品だなあ」と思い、続刊も買おうと思っていたのだけど、その後どうなったかよくわからないまま時間が経ってしまっていた。映画化されるとのことで、調べてみると単行本は6巻まで出て完結したようだ。この際だと思い、Kindleで買い直し。ただし、とりあえず4巻まで。

淡々と話が進む。盛り上がりには欠けるが、そこがいい。恐らくこれは狙ってのものではなく、作者の性格、スタイルによるものなのだろう。「静謐(せいひつ)」というのはこういうことかと思わされるシーンもあるが、しかし主人公・市江は(藤井さんも)なかなかどうして熱い人である。炎のような激しさを内に秘めた人である。実際、藤井などは客に怒鳴る場面すらある。でも、全体として非常に静かな印象を受ける。

この作品のテーマは、市江の仕事ぶり、だろうか。祖母から引き継いだ仕立て屋を、自分の代でレベルを落とすことのないようにと、ある意味では控えめな、ある意味では大胆な目標を立て、それを守っていく職人ぶり。藤井は、なぜもっと発展させようとしないのか、勇気がないのかというが、職人にとっては「拡大=発展」ではないと思う。類似の話は「美味しんぼ」にもあった。三谷(旧姓・花村)典子は、せんべい屋を営む夫に店を拡大する勇気がないのかとののしるが、山岡に、今の味を守り続けるほど勇気が必要なものはない、と諭される話。本作ではここまで理屈っぽくはないが、ブランドとして認知され、売り上げがあがることが仕立て屋としての唯一の目標ではない、ということを市江は口には出さないが、その背中で主張しているように見える。

市江の才能に目をつけ、オレが世に出してやる、だって市江の服をオレがもっと目にしていたいから、という藤井は「のだめカンタービレ」の千秋を彷彿させるが、市江はのだめよりもっと扱いにくく、もっと頑固だった。もちろん、ブランドの知名度があがることを目指す生き方もあり、作品の中にはそういう人も登場する。市江はもちろんそういう人を否定しない。ただ自分は違うと思うだけだ。

唯一残念に思ったのは、お金の話が全く出てこないこと。生々しくなるから意図的に避けているのだろうが、高校生がよくお直しの依頼に来るけれど、彼女のお小遣いでそんなことが可能なのか、それとも親が出してくれるのか、気になるし、吊るしかオーダーか、という比較も出てきたが、流行を追うことと同じの服を長く着ることの意味、というあたりに着地させたのは少々いただけない。(大量生産の)吊るしとオーダーでは、まず第一に価格が全く違う。そのことを抜きにして語るのはフェアではない。

でも、衣服や、服飾業界について描きたかったわけではないんだろうな、と思う。主人公はあくまで、繕い裁つ「人」である。このタイトルも秀逸だ。
(2015/2/16 記)