鞄に二冊

少しでも空き時間ができると、本が読みたくなる。

全俺が泣いた「人形紳士」

  • 根本尚「人形紳士 少女探偵・火脚葉月(ひなしはづき)最後の事件」(札幌の六畳一間)

2023年8月23日刊。表紙を含め279ページ。作画時期が不明だが、最終ページに「2023 2/11~27」とメモがあるから、これがそうかも知れない。だとするとずいぶん最近の作品ということになる。

表紙はきれいでかわいいが、実は表紙だけ。それ以外は全編サインペンの一発描きで描かれている。作者は「ネーム」だとしているが、ネームとも少し違う気がする。とにかくラフな絵であり、そのため「お金は取れない」と無料販売となっている。ただ、ラフなペン画の良さもないことはない。本作には女性のヌードが何度も登場する。ラフ画であるがゆえに変に隠すこともなくはっきりと描かれているが、精密な絵であれば隠すすべきところを隠さなければならなくなり、不自然さが漂ってしまう。

内容に関しては、恐ろしくいろいろなものが詰まった作品だ。

少女探偵を名乗る高校一年生の少女・火脚葉月(ひなしはづき)が表向きの主人公。高校二年生の光谷太陽(みつやたいよう)が助手であり、語り手である。つまりワトソンに相当する役割だが、全編を読み終わった今、主人公は太陽クンなんだろうなあと考えている。

葉月が難問をビシバシと解決していくところが前半の注目ポイント、と言いたいが、尺の問題もあり葉月が解決する事件はそう多くはない。それでも注意力の高さや頭の回転の速さは窺える。天真爛漫で積極的な性格に見えて、どこかで影を引きずっているようなところが魅力的だ。太陽が、先輩である自分に敬語を使わず居丈高な態度に複雑な感情を抱きつつも、強く惹かれていくのはよくわかる。身寄りのない葉月が、太陽を頼るようになっていくところも。

後半は葉月と太陽のラブストーリーである。表面的には殺人事件の謎解きが進んで行き、それは一応の解決を見るのだが、葉月と太陽の恋愛は驚きの展開を見せる。

根本尚の作品はいくつか読んで来たが、恋愛要素が表に出たものはなかった。「怪奇探偵・写楽炎」は本作と同じく少女探偵が主人公で助手の男子と仲良くはなるが、恋愛要素という点ではあっさりしたものである。だから油断していた――というわけではないが、最後は泣かされた。

これだけの作品、きちんと完成された状態で読みんでみたい。いずれペン入れをして公開されたら、是非手に入れたいと思う。