鞄に二冊

少しでも空き時間ができると、本が読みたくなる。

「1・2の三四郎」プロレス編(その2)基本設定編

プロレス編の良くなかった点を敢えて書く。この話をすると見も蓋もないのだが、三四郎の体格でプロレスラーを目指すということに無理がある。

柔道編を終わりにして、まだ話を続けることになった時に、ラグビーや柔道を続けるのは無理(実績が何もないから実業団には入れない、家庭の事情から大学へ自力では行かれない)、もちろんスポーツを辞めて普通のサラリーマンになるのも無理、となるとレスラーしかないのだが、三四郎は小柄で、柔道では中量級(ちょっと減量すれば軽量級になるほど)の体格しかなかった。8月にプロテストを受けた時は175cm、73kgだったとある(絵で見る限りは170cmもなさそうだが……。なおこの時五頭信は194cm・103kg、成海頁二は205cm・108kgである)。

その後のトレーニングで五頭に近い体格になるのだが、身体が大きく、たくましくなったため、顔とのバランスが悪くなってしまった。顔も、顎が張り出したり、高校時代とは多少は変わっていくが、主人公の顔はそうそう変えるわけにはいかない。三四郎の顔は中型の体格にベストフィットである。そんなわけでプロレス編の、特に後半は三四郎の全身は至極バランスが悪いのである。

そもそも、どんなにトレーニングをしても、一年たらず(もっと短期間か?)でここまで急に体躯が変わるだろうか。三四郎一人なら主人公であるし根性で変えたと考えられないこともないが、一緒にレスラーを目指す西上馬之助も、本来は軽量級の選手なのに、三四郎ほどではないが、やはり短期間に急激に大きくなる。体重制のあるスポーツのオーソリティが減量をやめれば、ある程度の増量は難しくないのかも知れない……などと考えてみるが、やはり不自然である。

せめて三四郎たちのデビューが高校卒業後三年くらい経ってからであれば、許容できないことはなかったか……まあ、ここは勢いを取ったということだろう。



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(2020/5/19 記)

「1・2の三四郎」プロレス編(その1)

柔道編その1(5月6日付)で本作は「小林まこと史上の最高と最低が同居している不思議な作品である」と書いた。最低というのはプロレス編のことである。

連載をリアルタイムで読んでいた時はプロレス編には心底がっかりし、三四郎の続きを読みたいけど、こんな内容ならない方がマシだと思っていた。だから単行本も9巻までしか買わなかった(その後kindleで買い直した時、結局全巻買ってしまったが)。

だが、あれから40年ほど経った現在振り返ってみると、もしプロレス編がなかったら、「1・2の三四郎」はあっという間に歴史の中に埋もれてしまい、顧みられる機会はあまりなかっただろうし、三四郎というキャラクターがここまで定着することもなかっただろう。もちろん「「1・2の三四郎2」も「格闘探偵団」も(どちらも名作)なかった。

世の中には、いや、少なくとも漫画作品には、内容の良し悪しや巧拙は別にして、長く続けることによって意味を持つこと、というのは確かにあるのだ。

連載開始当初に比べてプロレス編を描いていた頃は、いろいろあったのだろうが、今となっては、とにかく描き続けてくれたことに感謝するしかない。



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(2020/5/17 記)

「1・2の三四郎」柔道編(その3)

作者から見た亜星健の役割を改めて考えてみたのだが、三四郎はもともとラグビーをやっていた。ラグビーは本当に好きだったし、将来もずっとラグビーを続けることを目標にしていた時期もあった。種々の事情でラグビーをやめ、柔道へ鞍替えしたものの、なかなか柔道に心底打ち込むというわけにはいかなかった。

だから、本格的な柔道の達人を、普通に考えたら三四郎ごときがとても敵わないけれど、志乃をめぐってのライバルでもあり、意識せざるを得ないような相手を登場させ、三四郎に無理やりにでも柔道に燃えさせる必要があったのではないか。

亜星の存在がなくても、市民大会で稲毛と出会い、稲毛が真剣に柔道に取り組んでいるのを見て触発され……でも一応話は通じるが、稲毛さんには申し訳ないが、やはり稲毛(だけ)では三四郎を動かすには弱い。稲毛は一回戦の相手がいいところなんだろうと思う。

三四郎がそのまま柔道に目覚め、柔道に人生を懸けるようになれば、亜星との絡みもいろいろあっただろうが、結局はインターハイ後すぐにやめてしまった。三四郎にとって柔道とはその程度のものだったから、亜星とももう出会うことはなかった、というところか。

金田麻男の登場がなんといっても誤算だった。これは三四郎だけでなく、柳にとってもそうだっただろう。


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(2020/5/16 記)

「1・2の三四郎」柔道編(その2)

ストーリーのメインは、ラグビーをやめて柔道を始めた三四郎が、新たなライバルと出会い、試合を勝ち抜いていく、という部分だろうが、面白い構成が見られる。藤見高校は優勝候補の強豪であり、主将の稲毛とは市民大会での対戦から始まる様々な因縁があって、てっきり決勝で当たるものだと思っていた。が、なんと一回戦で激突するのだ(もちろん三四郎たちが勝つ)。

これは、市民大会の時点では三四郎らは稲毛には及ばず、一応稲毛と張り合って努力したけれど、インターハイの時には稲毛を超える力をつけていたこと、そして稲毛以上の力を持つ相手との戦いに出ていくということを示したものなのだと思う。

また、団体戦では優勝するものの、個人戦では伏兵・金田の登場で三四郎が一回戦負けというのも意外だったが、団体戦で予選からはじまって一・二・三回戦、準決勝、決勝と描いて、また個人戦でそれを繰り返すのを嫌ったのだろう。ダラダラ引き延ばさない、ていねいに描くところとコントラストをつけ、省くべきところはばっさり省く方針は斬新だった。

しかし、せっかく団体では地区優勝したのに、県大会を辞退してしまったのは納得がいかない。県大会での優勝を目指すと、物語の前半では二回も述べられているのに。そのために亜星との対戦がなくなったのだ。

参豪以外は高校三年生になってから柔道を始めた素人集団であり、またこの大会のあとも柔道を続ける気のある者は(参豪を除けば)誰もいないので、地区優勝くらいがいい線でこれ以上はやめた方がいいと判断したためか……と想像するが、物足りなさが残る。

また、個人戦三四郎の一回戦のみでいきなり表彰に移るのはいくらなんでも省き過ぎだ。三四郎に勝った金田のその後の試合、殊に柳との決勝は見てみたかったし、軽量級で優勝した参豪の試合が一試合も描かれなかったのも、いくらなんでも寂しい話である。その割に、試合の合間にさまざまなギャグが詰め込まれているが、こうしたギャグこそいらなかったのではないか。ラグビー編では試合の後半は一切ギャグが入らない。それが魅力だったはずだ。

天竜学園は、先鋒・三四郎、次鋒・虎吉、中堅・馬之助、副将・岩清水、大将・参豪で団体戦に臨む。この布陣はまともである。部の中心である三四郎が先鋒、唯一の柔道経験者の参豪が大将。あとも当て嵌めていくと、自分が監督でもこういう構成になるだろうなと思う。問題は対戦相手である。

主人公の三四郎と対戦するため、稲毛も柳も先鋒で出てくるが、いくらなんでもおかしい。藤見高校も黒崎高校も、稲毛・柳は大将だろう。稲毛は三四郎と因縁があるから予選を見て先鋒を買って出た、とも考えられるが、柳は三四郎など問題にしていないはず。こんな小細工をする必要はないのだ。

柔道の試合の描写にも不満は残る。ただしスポーツ漫画を読んでいて、手の位置が違う腰の動きが変だと一々言っていたらきりがないから普通はそういうことは極力気にしないようにしている。が、これだけは言いたい。柳の必殺技「腕取って逆回って体落し風投げ」だが、投げている途中でつかんでいる相手の腕が変わるのはなんとしてもおかしい。

黒崎高校の二回戦、柳は山下泰裕太と対戦するが、柳は山下の左腕をつかんで投げている。が、畳に落ちた瞬間はつかんでいるのは右腕になっている。この早業は引田天功もかくやというほどである。この時は描き間違いかと思った。事実、準決勝を前に部員と稽古をしている時は、相手の左腕をつかんでそのまま投げている。が、三四郎との試合では、またしても左で投げて空中で瞬間的に右腕にスイッチ。作者が気付いていないわけはないと思うが、なぜこのような事態が起きたのかは不明である。

ちなみにこの技は、要は逆一本背負いなのだと思うが、なぜ周囲が柳のオリジナル技だと思ったのかも不明。当初、空中で手を持ち替えるのが柳独自の工夫なのかと思った。

さて、団体戦は棄権、個人戦は一回戦負け。団体戦では地区No.1の柳に一本勝ちしたとはいえ、その柳も個人・団体とも優勝できず全国どころか県大会への出場すら叶わず。結果として、三四郎は柔道ではたいした結果を残すことができなかった。これで三四郎は、ラグビーでも柔道でも、大学や実業団に進むことはほぼ絶望となったところで柔道編は終わる。


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(2020/5/15 記)

「1・2の三四郎」柔道編(その1)

「1・2の三四郎」は小林まこと史上の最高と最低が同居している不思議な作品である。デビューから全開で突っ走って来てあっという間に息切れしてしまったということだろう。失礼な言い方ではあるが、柔道編の後半から絵がどんどん劣化していく。が、ストーリー的には柔道編の最初から迷走が始まる。

前回書いたように、ラグビー編のいいところのひとつは、ストーリーがシンプルで話の展開が早かったことである。とにかく早く試合結果を書いてしまいたい、という気持ちだったのではないか。が、大人気作品であり、まだしばらく連載は続きそうだということを意識して、話をふくらませたのか?

第一は亜星の登場である。柔道の強力なライバルであり、また志乃をめぐっての恋敵でもあるわけで、そういう存在を早々に登場させたのはよいのだが、服部に命じて志乃を襲わせたのは亜星だから、亜星とは口を利くなと三四郎が志乃を殴りつけたのは、なんだったのだろうか。志乃のために停学に追い込まれた服部は恨みがあろうが、亜星は志乃に恨みはなかろう。その上相思相愛になったわけで、もし何か仕掛けたければ他人の手を煩わせず自分でやればいいのである。何を根拠に三四郎が騒いだのかはわからない。ただし亜星が下越番長連合の影の総長だという想像はなぜか当たっていた。

この「影の総長」という設定がその後何に関係していくのかというと、実は何も関係しない。そもそも三四郎は亜星と試合をしないのだ。意表を衝かれたというか、完全に肩透かしを食らった形である。以後本作にも続編にも亜星は一切登場しない。華々しく登場したものの、尻すぼみもいいところ。扱いに困ったということだろうか。

もうひとつ、三四郎の両親が登場する。これまでは三四郎は姉と二人暮らしだということが触れられた程度。死別ではなく少なくとも母親は生きているらしいことが示唆されるセリフはあったが、それ以上突っ込まれることはなかった。が、修学旅行先で父親とニアミス、母親ともニアミス(あまりニアではないが……)。身勝手な両親のためにどれだけ苦労したか、厭な親戚に頭を下げたり、姉の幸子が結婚を諦めたりする描写がある。学園漫画なのにここを深掘りするのはかなりの脇道なのではないかと連載をリアルタイムで読んでいた時も、違和感を持っていた。オチのないまま伏線が重ねられ、この件も不完全燃焼である。


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(2020/5/13 記)

「1・2の三四郎」ラグビー編

「1・2の三四郎」のラグビー編は、漫画史上に燦然と輝く名作であり、記録に残る人気作である。

主人公の東三四郎のいるクラスに北条志乃が転校してくるところから物語は始まる。三四郎は、県下でも屈指の強さを誇る天竜学園ラグビー部で、飛鳥純とエースを争う名選手であったが、練習中の反則プレイでチームメートの宇ノ井に大けがを負わせ、退部。新たに格闘部を作って柔道を始めてみたものの、失意の日々を送っていた。

実は宇ノ井がけがを負ったのは、宇ノ井自身がスクラムの圧力に耐えられず膝をついてしまったからで、三四郎は無関係だったのだが、ラグビーのような野蛮なスポーツを敵視するPTA会長が、これを奇禍としラグビー部を廃部にしようとしたため、三四郎(と顧問の工藤先生)が責任を取ることで廃部を免れたという一幕があったのだ。真相を知っているのは宇ノ井と三四郎のみ。工藤先生は真相に気付いているようだが、他の部員は三四郎が原因だと思い込んでいて、三四郎のせいでラグビー部は廃部寸前まで追い込まれたと、三四郎を憎んでいるのだった。

その後、生徒会長の笠原礼子の後押しもあり、ラグビー部と格闘部がラグビーの試合を行なうことになった。試合の前半は、岩清水がラグビー部の選手の顔に殺虫剤を吹きかけたり、志乃が胸を触られたと虚偽の申請をしてトライを認めさせたりといった奇想天外な方法で得点を重ね、三四郎はますます批判を浴びることになる。が、ついに宇ノ井が全校生徒の前で真相を告白。三四郎の無実が晴れることになった。

わだかまりが解けたラグビー部と格闘部は、後半戦はルール通り正々堂々と試合をし、三四郎の巧みなリードで格闘部はラグビー部に僅差で勝利を収めることになる。試合後、飛鳥は三四郎にこれまでの不明を詫び、もう一度一緒にラグビーをやろうと声をかけるが、三四郎は自分が作った格闘部を抜けられないと、飛鳥の誘いを断るのだった。

というような王道の学園ドラマで、ストーリーはシンプルである。ここに、あまり誰にも似ていない絵柄と、キレッキレのギャグが加わるのである。

絵もうまいしギャグのセンスも素晴らしい、が、本作の最大の特長は、話の展開がスピーディなことだと思う。畳みかけるように先へ先へ進むから、わくわくするし、読んでいて大きな満足感が得られる。うがった見方をすれば、新人漫画家の初連載で、いつまで続くかわからないため、急いで話を進める必要があったのだろうが、スピーディな作品は七難隠す。

本作も、粗、とまでは言わないが設定の甘さはいろいろある。参豪辰巳ほどの選手が柔道部があるかないかも調べずになぜ天竜学園へ転校してきたのかとか、そもそもスクラムが崩れた原因は、その時練習に参加していた人ならすぐわかったはずだが、なぜ三四郎が悪者にされたのかとか。しかし、深く疑問に思う前にどんどん話が展開していくため、気にならないのだ。三四郎には両親がおらず、姉と二人暮らしだが、これは宇ノ井が、何かと「母さん母さん」ということとの対比で描かれるのみで、深く触れられないのもいい。

スピーディーに進み、4巻初めでラグビー編は完了。柔道編へと進んて行く。


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(2020/5/7 記)

「1・2の三四郎」2、3(パロディ解説)

クラブ祭が始まると、実況を新聞部のトミ子が担当する。この「実況」は小林まことの素晴らしいアイデアだったと思う。今何が起きているのか、もちろん漫画の場合は絵で表現するわけだが、細かくて表現し切れないところやいわゆる「行間」を埋めるため、補足説明が必要になる。普通のスポコン漫画だと、試合に出ないチームメイトや見ている観客の中に、やたらにうるさい人がいて、逐一解説をしゃべり続けるか、地の文で表現することになる。スポコン漫画における一種の「様式美」であるが、不自然極まりない。

そこを、テレビ中継のようにクラブ祭でも「実況担当」を置くことにより、不自然でなく試合の経過を語り、解説をさせることができたのである。しかも、それだけではない。トミ子の語り口は、当時新日本プロレスの実況を担当していた古舘伊知郎を模したもので、漫画としてのパロディというより、トミ子がごく自然に(当時大人気だった)古館の口調に影響を受けたか、もしくは、実況を担当することになったトミ子が、試合の興奮と感動を伝えるのにどのようなしゃべり方をすればよいかいろいろ研究した結果、古館式がよいと判断して真似をしたか、いずれにしてもトミ子のセリフは、単なる試合展開の解説というだけでなく、試合を盛り上げるために効果を発揮しているのである。

今の若い人には想像がつかないかも知れないが、この漫画が連載されていた当時の「大人」が子供の頃には、テレビというものはあまり一般的ではなかった。物心ついた時に家にテレビがあった、というのは恐らく自分らの世代である。そして様々なスポーツをテレビ中継で見ることが当たり前になると、画面で試合を見ていても、アナウンサーが展開をこと細かに説明してくれるのが当然のこととして受け入れられるようになる。だから、このトミ子式の「解説」は極めて自然に受け入れられたのではないかと思う。

当時、自分たちの周りでも、この「おーっと」という言い方がとても流行ったが、古館の言い方が流行ったというより、「1・2の三四郎」を読んで知った、という人の方が多かったのではないか。だって、いくらプロレスが人気があるとはいえ、プロレス中継を熱心に見る層は限られていたと思うのである。


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(2020/5/6 記)