鞄に二冊

少しでも空き時間ができると、本が読みたくなる。

「精霊紀行」

小学館版の単行本は、上1984年12月1日刊、下1985年1月1日刊。kindle版はぶんか社発行で上下とも2016年8月5日刊。初期短編集。奥付がなく初出の記載がないが、下巻の最後に収録された「まゆ」以外は「精霊紀行」というサブタイトルで1979年~1983年ごろに「別冊ビッグコミック」等に散発で発表されたものと思われる。

たがみよしひさと初めて出会ったのは「別冊ビッグコミック」で、二冊続けて「ELF」「合掌」が掲載されていた。

ゴルゴ13」は小学館の「ビッグコミック」誌の看板作品だが、単行本はなぜかリイド社から発行されている。どういう契約になっているのか知らないが、恐らくはその折衷案として、単行本の発行前に、3~4回分がまとめて「ビッグコミック増刊」ないし「別冊ビックコミック」として、雑誌の形態で発売される。単行本より安いため、自分はよくこれを買っていた。そこには「ゴルゴ13」以外の作品も2~3掲載されるのが常だった。

ビッグコミック」誌は老舗の漫画誌で、「ゴルゴ13」のほか、手塚治虫ちばてつや石ノ森章太郎白土三平青柳裕介等々、大御所の作品が目白押しであり、若手が入り込む隙はあまりなかった。その代わりに増刊や別冊に枠を設けていたのか、と考えている。

そこに「ELF」「合掌」があったのだ。これほどの作家が、なんでこんなところで描いているのか? なぜ自分はこの人をこれまで知らなかったのか? 他にどんな作品を描いているのか? 登場する女性はどれも美人で可愛くて色気があって魅力的。男性はややキザだがこちらもカッコいい。線が細くてきれい。建物や乗り物は緻密で物語を支えている。絵はモノクロだが、白い色の使い方が抜群にいい。雪を描かせたらたがみよしひさの右に出る作家はいないのでは、と思わせる。ストーリーはかなり複雑なので、一度ではすんなり理解できないところもあるが、だからこそ二度、三度と読み返す。読み返すたびに登場人物の魅力が伝わってくる。

「別冊ビッグコミック」は雑誌だから、書店にいつまでも置いてあるわけではない。あちこちを回って、どこかにたがみよしひさの作品が掲載されているのではと探したが、この二作以外に見つけることはできなかった。もっとも、ほどなく「ビッグコミック・スピリッツ」に「軽井沢シンドローム」を掲載して話題になり、あっという間にブレイクを果たすのだが、雪の話で始まったのは「やはり」と思った。

上巻に収録されているあたりは、まだ絵が発展途上で、のちを知る者にとってはいろいろ不満もあるが、瑞々しさはむしろ以降の作品よりも上かも知れない。「性描写が過激」などと言われたこともあるが、高校生だった当時も別に何とも思わなかったし、現在の目で見ればますますどうということはない。ただ、倫理的にどうかなと思う点はある。たとえば、幸子の部屋に「出る」という相談を受けた八神・宏子・西尾の三人が長野から東京へやってきて、今晩はこの部屋には泊まれないからホテルに部屋を取ることにして、宏子が「私と八神くんはダブルを取るから、西尾さんと幸子はツインでいいよね。別々の部屋を取るより安上がりだし」と、初対面の西尾と幸子を同じ部屋に泊めてしまうのは(そして西尾と幸子がそれをあっさり受け入れるのは)いかがなものかと思うが。



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「カタブツ」

2008年7月15日刊。単行本は2004年7月刊。短編集。 「バクのみた夢」 「袋のカンガルー」 「駅で待つ人」 「とっさの場合」 「マリッジブルー・マリングレー」 「無言電話の向こう側」 所収。

裏表紙には「ミステリー集」と書かれているが、ミステリーではないだろう。

蔵書の再読。「バクのみた夢」を読んだ時はEUREKA! と叫びそうになった。運命の人と出会った二人が紆余曲折を経て結ばれる、そんな短編があったけど、誰の、なんという話か全く覚えておらず、いつかもう一度読みたいと思ったことがあったのだ。ただし、それ以外の5編はほとんど覚えがない。

内容は多岐に亙る。 「バクのみた夢」と 「無言電話の向こう側」 はラブストーリーと言えなくもないが、全体としてはサスペンス色が強い。連作ではなく、共通する登場人物はいないが、主人公はちょっと偏ったところのなる、癖の強い人物であるという点は共通していると言えるか。「堅物」とも少し違うが。

共依存やストーカーなど、必ずしも後味のよくない作品もあるが、冒頭の「バクのみた夢」、中締めの「とっさの場合」 、ラストを飾る 「無言電話の向こう側」 は、途中はともあれ読後の印象はとてもよい。だから気持ちよく本を閉じられる。



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「霊能番長」

  • 根本尚「霊能番長」(札幌の六畳一間)

霊能番長

霊能番長

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2023年12月20日刊。表紙を含め100ページ。連作短編、全10話。もともとは同人誌用に描いたものを一冊にまとめたもの。

  • 1話~6話:2008年12月9日~2009年1月15日
  • 7話~9話:2010年2月27日~4月10日
  • 10話:2014年9月27日~10月22日

強い霊能力を持つ霊能番長と美少女・神路壱与(かみじ・いよ)のコンビが織りなす怪奇ドタバタコメディー。6話では番長と壱与がちょっといい感じになりかけるが、それ以上には発展しない。まあ、このくらいの感じがいろいろ想像を働かせる余地があってよい。



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全俺が泣いた「人形紳士」

  • 根本尚「人形紳士 少女探偵・火脚葉月(ひなしはづき)最後の事件」(札幌の六畳一間)

2023年8月23日刊。表紙を含め279ページ。作画時期が不明だが、最終ページに「2023 2/11~27」とメモがあるから、これがそうかも知れない。だとするとずいぶん最近の作品ということになる。

表紙はきれいでかわいいが、実は表紙だけ。それ以外は全編サインペンの一発描きで描かれている。作者は「ネーム」だとしているが、ネームとも少し違う気がする。とにかくラフな絵であり、そのため「お金は取れない」と無料販売となっている。ただ、ラフなペン画の良さもないことはない。本作には女性のヌードが何度も登場する。ラフ画であるがゆえに変に隠すこともなくはっきりと描かれているが、精密な絵であれば隠すすべきところを隠さなければならなくなり、不自然さが漂ってしまう。

内容に関しては、恐ろしくいろいろなものが詰まった作品だ。

少女探偵を名乗る高校一年生の少女・火脚葉月(ひなしはづき)が表向きの主人公。高校二年生の光谷太陽(みつやたいよう)が助手であり、語り手である。つまりワトソンに相当する役割だが、全編を読み終わった今、主人公は太陽クンなんだろうなあと考えている。

葉月が難問をビシバシと解決していくところが前半の注目ポイント、と言いたいが、尺の問題もあり葉月が解決する事件はそう多くはない。それでも注意力の高さや頭の回転の速さは窺える。天真爛漫で積極的な性格に見えて、どこかで影を引きずっているようなところが魅力的だ。太陽が、先輩である自分に敬語を使わず居丈高な態度に複雑な感情を抱きつつも、強く惹かれていくのはよくわかる。身寄りのない葉月が、太陽を頼るようになっていくところも。

後半は葉月と太陽のラブストーリーである。表面的には殺人事件の謎解きが進んで行き、それは一応の解決を見るのだが、葉月と太陽の恋愛は驚きの展開を見せる。

根本尚の作品はいくつか読んで来たが、恋愛要素が表に出たものはなかった。「怪奇探偵・写楽炎」は本作と同じく少女探偵が主人公で助手の男子と仲良くはなるが、恋愛要素という点ではあっさりしたものである。だから油断していた――というわけではないが、最後は泣かされた。

これだけの作品、きちんと完成された状態で読みんでみたい。いずれペン入れをして公開されたら、是非手に入れたいと思う。

「日常の西餅」7(新刊)

  • 西餅「日常の西餅」7

2024年3月6日刊。53ページ。

単行本でまとめて読みたいので、twitterは見ないようにしているのだが、やはりつい見てしまう。というわけで既に既読の作品ばかりではあった。

「向いてない」

「一度一緒にランチに行きましょう」ならわかるけど、「毎日ランチしましょう」は意味わからない。そういう人が身近にいた時代もあったけど、断わるのに苦労した。

「下手をさらせ」

このイラストスクールの話は定期的に出て来るが、いい話が多い。「自分を恨むまでがセットです」が効いている。

「やっぱり向いていない」

格安で勉強ができるのはありがたいと、前職を辞めた時に職業技能訓練校に通うことを真面目に検討したことがる。しかしいろいろ調べてみるうちに、自分にはとても無理だと思って諦めたことがある。

「西餅さんのどん底クッキング」

手軽でおいしそうなんだけど、味付けはどのように? 調味料に関して全く触れていない……。

「衆議院議員日本一(ひのもとはじめ)」

2024年1月11日刊。「ミステリーボニータ」(秋田書店)2017年1月号~12月号掲載。

2024年3月4日刊。「ミステリーボニータ」(秋田書店)2015年1月号~12月号掲載。

日本一(ひのもと・はじめ)という霜山県から選出されたオタクな議員(無所属)が主人公。怠惰だが、突拍子もないことをやらかし、最後は自分で自分の首を絞めて終わるパターンがスタンダード。主なツッコミ役は平和望(へいわ・のぞみ)、日本革新党議員と、大東亜強栄(だいとうあ・きょうえい)、愛国党議員。一話完結の連作短編。ドタバタギャグ。

15年も連載を続けたのに単行本化されないため、自費出版に踏み切ったらしい。版下の図版は出版社が版権を持っているため、タイトルロゴは作り直し、セリフは全部写植を打ち直したという。膨大な手間である。その手間を超えて出版に踏み切ってくれた作者には感謝したい。

それにしても、出版社が権利を押さえているくせに本を出さないというのは、弱い者いじめではないか。紙の本を出すのが難しいのはわかるが、電子書籍なら出せるだろうと思うが。

「戦国小町苦労譚」2

  • 原作・夾竹桃、平沢下戸、作画・沢田一「戦国小町苦労譚 農耕戯画」2(アース・スターコミックス)

2018年4月12日刊。「デジタル版コミックアース☆スター」2017年10月~2018年2月掲載。原作はライトノベル

静子には褒章として屋敷のほか、彩という小間使いが与えられた。小間使いとは、身分の高い人間の傍らに仕えて雑用する女性のこと。男性は小姓。だそうだ。彩は静子に仕えるだけでなく、信長(あるいは森可成)のスパイのようだ。身元不確かで群を抜いた技術を持つ静子を警戒するのはまあ当然だ。

信長は、静子に与えた痩せた土地で米25俵を収穫するよう指示を出す。これまで大豊作の時でもその半分もいかなかった。が、静子はそこからなんと400俵を収穫してしまった! いくら現代の技術でも40倍も収穫できるものか? まあ、前年の野菜作りで村人が静子の言うことを疑わず、よく聞くようになった(協力的になった)ことも大きいのだろう。肉や野菜を食べて、確実に豊かになっているわけだし。

1巻で飼いならした狼は一時姿を消していたが、嫁を連れて戻って来た。夫婦で静子の言うことをよく聞く。ヴィットマンという名だそうだ。1巻に出て来たかな。

静子が鹿を狩るために作成したクロスボーに信長は目を付ける。その威力を目の当たりにした信長は、次の戦に備えて類似品を30個作らせるのだった。農業だけでなく、軍事や政治面でもとことん静子の力を利用する腹だ。

信長が静子に褒美を取らせようと、望みの物を言えと言っても静子は断わる。謙虚さの表われでもあろうし、この時代のものでほしいものが特にないということもあろうが、静子に取って、土地や人手を与えられて、思い切り自分のやりたいように農業ができること(その結果が人の役に立つこと)が、何よりの褒美だというのが面白い。



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